強行された米国大使館移転

 5月14日はイスラエル建国70周年の記念日です。この日に合わせてトランプ米大統領は、各国の非難が集中する中、在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムへ移転しました。

 これにより中東は騒然。反発したパレスチナの人々はイスラエル軍と衝突し、既に50人を超える人が亡くなっています。

 この大使館移転強行は何を意味するのでしょうか。反米、反イスラエル感情が高まって、局地的な衝突だけではなく、国際紛争に拡大するのでしょうか。そうではなく世界各地で反米テロなどが頻発することになるのでしょうか。

 今回は中東の新たな火ダネとなる様相を見せる米国大使館移転がもたらす影響について考えてみたいと思います。

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米国はトランプ以前から、エルサレムへの移転を考えていた

 米国大使館のエルサレム移転話は、大統領選でトランプ大統領が公約に掲げていましたが、実は公約にしていたのは、彼が初めてではありません。

 1995年、米議会は大使館移転を求める法律を制定。歴代大統領もエルサレムへの大使館移転を公約にしていました。

 しかし、中東の和平交渉の影響を考慮し、歴代政権はその執行を20年以上も延期。トランプ大統領は選挙演説でこれを批判していました。

 とはいえ、トランプ大統領も政権発足直後は大使館移転の署名は先送りしていました。そして、移転時期についても、当初は示しませんでした。

 しかし、この先送り判断に対して、支援団体から不満が噴出しました。これに対し、トランプ大統領は2017年12月6日、ホワイトハウスでの演説で、「エルサレムをイスラエルの首都と認める」と正式に表明し、国務省に大使館移転の準備を始めるよう指示。トランプ大統領はついに一線を越えることになりました。

 その一方で今年1月、ペンス副大統領はイスラエル訪問時に、移転時期は2019年中の実現と表明していて、まだかなり先の予定でしたが、事態が変わったのは2月。5月に移転すると大幅に前倒ししたのです。

 しかも、エルサレムの式典に参加するというトランプ大統領の意向もちらつかせました。ただ実際に出席したのは、トランプ大統領の長女イバンカ大統領補佐官と夫のクシュナー大統領上級顧問でした。

 このように大幅に前倒ししたのは、やはり11月の中間選挙が背景にあるようです。

 米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」によると、キリスト教福音派系団体やユダヤ系団体などが早期の移転に向けて、ホワイトハウスや米議会に強く働きかけたとのこと。福音派は米国では成人の約25%を占める最大宗派で、2016年の大統領選では約8割がトランプ氏を支持したと言われています。ペンス副大統領やポンペオ国務長官も熱心な信者で、政権内での影響力が高まっているようです。

 また、大統領選挙時もトランプ氏を支持したユダヤ系富豪のアデルソン氏が、大使館移転の支援として、中間選挙についても大統領選挙時の3倍に当たる3,000万ドルの資金提供を約束したと言われています。

 米国の政治動向やトランプ大統領の政策や動向を探るためには、これら支持層の背景も知っておくことが重要です。

 

中間選挙を前に親イスラエル政策が鮮明に

 トランプ大統領は、これら支持層に応えるかのように5月に入ると親イスラエル政策を相次いで実行しました。下表にまとめましたが、これまでも親イスラエル政策の種がまかれていたことがわかります。そして一段と鮮明になったのは中間選挙まで半年となった5月以降です。

トランプ大統領の親イスラエル政策    

 

中東の新たな対立軸~「反米感情vs対米依存」

 米国の大使館移転は中東の新たな火ダネとなり、中東問題を一層複雑にしていくのでしょうか。

 中東問題とは、自国領土を互いに主張する「イスラエルvsパレスチナ」問題、中東地域の覇権を狙う「サウジアラビアvsイラン」問題という2つの大きな対立軸が絡み合った複雑な問題です。

 この対立軸に、大使館移転による反米感情が油を注ぐ可能性があるのです。

 加えて中東各国は一枚岩ではなくなりつつある実態があります。米国から経済支援や軍事支援を受けているサウジやエジプトは、パレスチナ人に向けたイスラエル軍の銃撃を強く非難しましたが、米国の大使館移転には言及しませんでした。サウジと対立するイランは、「裏切りの譲歩」と強く非難しています。

 このように中東地域は、イスラエル寄りが鮮明になった米国は中東和平の仲介者になり得ないという環境の変化によって、反米感情vs対米依存(親米政策)という新たな対立軸が高まってきています。

 しかも国や地域の対立だけでなく、対米依存の強い国の中でも対立が高まり、各国は政治の舵取りを誤ると、内乱やクーデターによってこれまでの政治基盤を揺るがす可能性もあります。

 地域紛争や内紛、テロが拡大すれば、投資マネーが萎縮し、金融為替市場にとっては悪い影響を与える可能性があります。

 また、中東紛争は原油高騰を引き起こし、コスト高、インフレ、金利上昇という形で世界経済に悪影響を与えかねません。今年に入ってからシリア空爆やイラン核合意の米国離脱など、中東地域がざわついていますが、今後も一層中東動向を注視していく必要がありそうです。