製薬業界の近況

 薬価の高騰は長年のトレンドであり、米国で政治問題化しています。しかし2016年の大統領選挙で薬価問題が大きく取り上げられ、製薬会社が槍玉に上がったことで、価格の吊り上げにはブレーキがかかりました。

 一方、PBM(薬剤給付管理会社)による処方薬コスト削減努力は実を結びつつあります。PBM大手エキスプレス・スクリプトの『2017年版ドラッグ・トレンド・レポート』によると、同社の企業プランの44%において2017年は2016年より処方薬に支払った金額が少なくて済みました。企業プラン全体の処方薬に費やされた費用はわずか+1.5%成長にとどまりました。これは過去最低の伸び率です。ちなみに2016年は+3.8%でした。

 処方薬に費やされた費用の増加が低成長となった一因は薬価の上昇ペースが減速したことによります。2016年に+2.5%で上昇した薬価は、2017年には+0.8%にとどまりました。

 次にエキスプレス・スクリプトの企業プランにおけるメンバー一人当たりの年間薬代を疾病分野別にチャートにすると下のようになります。

 

 このうち炎症、腫瘍、多発性硬化症、HIV、C型肝炎の各分野では、処方箋の大半が高価なブランド新薬でした。つまり製薬会社にとってこれらの疾病分野は儲かることを意味します。

 それ以外の疾病ではジェネリックならびに伝統的ブランド薬が服用される場合が多かったです。
 

ジョンソン&ジョンソンについて

 ジョンソン&ジョンソン(ティッカーシンボル:JNJ)は1887年にニュージャージー州で創業された薬品、医療機器、日用品のメーカーです。日用品部門では「タイレノール」、「リステリン」、「バンドエイド」など消費者から親しまれているブランドを所有しています。

 医療機器部門では手術、整形外科、心血管、糖尿病、眼科向け医療機器を作っています。

 

部門別売上比率は下のパイチャートのようになっています。

 

 次にジョンソン&ジョンソンの製薬部門の主力薬を見ると、レミケード(インフリキシマブ)は抗ヒトTNF-αモノクローナル抗体で、関節リウマチ、クローン病、潰瘍性大腸炎、ベーチェット病によるぶどう膜炎、尋常性乾癬、関節症性乾癬、膿疱性乾癬などの治療薬です。ステラーラ(ウステキヌマブ)はヒト型抗ヒトIL-12/23p40モノクローナル抗体で、乾癬、クローン病治療薬です。ゼブリオン(パリぺリドン)は精神分裂症患者のための坑精神病薬です。ザイティガは去勢抵抗性前立腺がん治療薬です。イグザレルト(リバーロキサバン)は経口抗凝固薬です。これらの主力薬の売上トレンドは下のチャートのように推移しています。

 

ジョンソン&ジョンソンの売上高は有望な大型新薬に乏しいことを反映して伸び悩んでいます

【略号の読み方】
DPS 一株当たり配当
EPS 一株当たり利益
CFPS 一株当たり営業キャッシュフロー
SPS 一株当たり売上高

なお2017年のEPSが落ち込んでいるように見えるのは2017年12月22日に成立した減税雇用法(Tax Cuts and Jobs Act of 2017)による一時要因が原因なので無視してよいです。

ファイザーについて

 ファイザー(ティッカーシンボル:PFE)は1849年に創業された歴史のある製薬会社です。同社は主力薬のパテント切れが相次いで迫っており、近年は買収や財務エンジニアリングで高株価を維持しようと苦心しています。

 主力薬リリカは神経障害性疼痛治療薬です。同薬は今年パテント切れになるのでリリカCRという一日一錠のバージョンを出しました。プレベナーは小児用肺炎球菌ワクチンです。イブランス(パルボシクリブ)は乳がん治療薬です。同社の主力薬で唯一勢いがあります。エンブレルは関節リウマチ治療薬ですが年々売上高は減少しています。

 

ファイザーの一株当たり業績は以下の通りです

2017年のEPSが突出している理由は先述の減税雇用法による一時要因が原因です。

メルクについて

 メルク(ティッカーシンボル:MRK)は、かつて製薬業界の中で最も尊敬される存在でしたが、近年研究開発に精彩を欠き、ジリ貧が続いています。

 ジャヌビアは経口糖尿病治療薬です。2022年にパテントが切れます。キイトルーダは悪性黒色腫治療薬です。根治切除不能な悪性黒色腫に対する抗PD-1抗体薬です。ガーダシルは子宮頸がん予防ワクチンです。パテント切れは2028年です。ゼチーアは高コレステロール血症治療薬です。すでにパテントは切れています。

 

メルクの売上高は頭打ちで、営業キャッシュフローも年々細っています。

 

アッヴィについて

 アッヴィ(ティッカーシンボル:ABBV)はアボット・ラボラトリーズの薬品部門が2012年にスピンオフして独立した会社です。

 ヒュミラは世界初のヒト型抗ヒトTNFαモノクローナル抗体製剤です。関節リウマチ、尋常性乾癬および関節症性乾癬、強直性脊椎炎、若年性特発性関節炎、腸管型ベーチェット病、クローン病、潰瘍性大腸炎、非感染性ぶどう膜炎などに使用されています。患者が自分で皮下注射できるようになっているため、通院回数を減らすメリットがあります。ヒュミラは世界最大級の売上規模を誇っている超大型薬です。米国におけるヒュミラのパテントは2016年12月に切れています。また欧州では2018年10月に切れる予定です。しかしヒュミラはバイオテクノロジーによって作られている薬なので簡単にコピーすることはできないと言われています。ヒュミラはアッヴィの売上高の65%を占めている関係で、同薬の売上が減速するとアッヴィの業績も減速は避けられないと予想されます。

 イムブルビカは再発または難治性の慢性リンパ性白血病の治療薬です。マントル細胞リンパ腫、ワルデンストレーム・マクログロブリン血症、辺縁帯リンパ腫などにも投与されます。パテント切れは2031年です。

 

 2017年にかけてヒュミラは前年比+14.6%で、イムブルビカは+40.5%で成長しました。アッヴィはこれらの他にもC型肝炎治療薬ヴィキラ・パックなどを展開しています。

 アッヴィの業績は薬品株のグループの中では最も安定的に成長しています。同社製品のグロスマージンは75%と高いため、収益性も極めて健全です。2017年の営業キャッシュフロー・マージンは35%あります。

 

 同社の2017年第4四半期決算はEPSが予想$1.43に対し$1.48、売上高が予想75.3億ドルに対し77.4億ドル、売上高成長率は前年同期比+13.9%でした。

 2018年のEPSは予想$6.66に対し、新ガイダンス$7.33~7.43が提示されました。売上高は予想311億ドルに対し、新ガイダンス320億ドルが提示されました。
 

 

ブリストル・マイヤーズ・スクイブについて

 ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(ティッカーシンボル:BMY)は1933年に創業された老舗製薬会社です。近年、同社はバイオ薬が好調で製品ポートフォリオのバランスが取れています。

 オプジーボ(ニボルマブ)はバイオ創薬により開発された進行性胃がん治療薬です。オプジーボはT細胞のPD-1と結合して免疫の働きにブレーキがかからないようにする「免疫チェックポイント阻害薬」です。がん免疫療法は体内に備わっている患者自信の免疫力を利用して、がん細胞への攻撃力を高める治療法です。2027年にパテント切れになります。

 エリキュース(アピキサバン)は非弁膜症性心房細動患者の脳卒中と血栓塞栓症の経口薬です。同薬には二つパテントがあり、ひとつは2017年12月に切れましたが、もうひとつは2023年2月まで守られています。

オレンシア(アバタセプト)はバイオ創薬により開発された関節リウマチ薬です。同薬のパテントは欧州では2017年に切れました。米国では2019年に切れる予定です。

スプリセル(ダサチニブ)は抗悪性腫瘍薬です。パテント切れは2020年です。

 

 同社はこれらの他にも6種類の比較的重要でない薬を販売していますが、いずれも売上は頭打ちか漸減中です。

同社の売上高と営業キャッシュフローはよい感じで伸びています。

2017年のEPSが落ち込んでいるように見えるのは減税雇用法による一時要因が原因です。

 

イーライ・リリーについて

 イーライ・リリー(ティッカーシンボル:LLY)は1876年に創業された歴史のある製薬会社です。同社は幅広い商品ポートフォリオを持っています。またアニマル・ヘルス部門もあります。

 ヒューマログは糖尿病の治療薬ですでにパテントは切れています。シリアスは勃起不全治療剤です。日本ではいわゆる薬価基準未収載の薬なので保険適用外になります。2018年にパテントが切れます。アリムタは悪性胸膜中皮腫、非小細胞肺癌などに効く抗がん剤です。2021年にパテントが切れます。トルリシティはタイプ2型糖尿病治療薬です。トルツは乾癬治療薬です。「オートインジェクター」もしくは「シリンジ」による自己注射ができます。ジャディアンスはナトリウム・グルコース共輸送体(SLGT)-2阻害糖尿病治療薬です。

 

一株当たりの業績は安定しています。

なお2017年のEPSが落ち込んでいるように見えるのは減税雇用法による一時要因が原因です。