米国の原油生産量と石油在庫は今後、歴史的な水準に達する見通し

 米国のエネルギー省(The U.S. Energy Information Administration 以下EIA)は、9日(火)、2019年12月までの米国の原油生産量、在庫、消費などの各データの見通しを、毎月上旬に公表している「短期見通し」内で公表しました。

「短期見通し」は、翌年12月までの見通しが記載されることとなっているため、今月公表された見通しではじめて2019年分の見通しが示されたことになります。

 あくまでも見通しの1つであるため、必ずこの通りになるということではありません。

 しかし、米国の原油生産量はいつまで増加し続けるのか? 先進国(OECD)の石油在庫がいつ頃に増加に転じるのか?など、“時間の目安”が示されたことは今後の原油市場を考える上で意味があると筆者は考えています。

図:米国の原油生産量の推移(2018年1月から2019年12月はEIAの見通し)

単位:百万バレル/日量
出所:米エネルギー省(EIA)のデータをもとに筆者作成

図: OECD石油在庫の推移(2018年1月から2019年12月はEIAの見通し)

単位:百万バレル
出所:米エネルギー省(EIA)のデータをもとに筆者作成

 上記のグラフより、米国の原油生産量は2019年12月まで増加し続ける、石油在庫は2018年1月を契機にV字増加するなど、時期の目安を知ることができます。

 

2018年2月、米国の原油生産量が過去100年間の過去最高に達し、サウジの生産量を追い越す!?

 1920年までさかのぼって米国の原油生産量のデータを見た場合、今後達するとみられる日量1,000万バレル(2018年2月に日量1,005万バレルに達する見通し)は、1970年11月につけた日量1,004万バレルを上回る、この98年間(ほぼ100年間)の最高となります。

図:米国の原油生産量の推移(長期)(2018年1月から2019年12月はEIAの見通し)

単位:万バレル/日量
出所:米エネルギー省(EIA)のデータをもとに筆者作成

 また、日量1,000万バレルという量は、現在のサウジアラビアの生産量とほぼ同等です。サウジアラビアは減産中のため2018年12月までの間、日量1,005万バレルを超えて原油を生産することができません。(OPEC<石油輸出国機構>の統計では、2017年11月のサウジアラビアの原油生産量は日量996万バレル)

図:米国とサウジアラビアの原油生産量の推移

単位:万バレル/日量
出所:米エネルギー省(EIA)のデータをもとに筆者作成

 もし、EIAの見通し通りに米国の原油生産量が増加し、サウジアラビアが減産を順守し続けた場合、2014年後半に見られた“シェア争い”が再度勃発する可能性があります。

 “シェア争い”再勃発なら、サウジは原油市場を不安定化させる行動に出る?

 この場合の“シェア争い”とは、サウジアラビアと米国が、どちらの原油の生産量が多いかを競って争いをしていることではなく、“サウジアラビアが米国の追随をかわして原油の生産シェアを維持するために、なりふり構わず起こす行動”を指しています。

 ただ、そもそもサウジアラビアは原油の生産におけるシェアにこだわりを持ち続けているのか?という話もあります。2016年にサウジアラビアが今後の同国の方向性として打ち出した「ビジョン2030」では、“石油依存の脱却”が謳われているためです。

 “石油依存からの脱却”と“シェアへのこだわり”には矛盾も感じます。シェア争いが勃発した2014年後半は、まだ「ビジョン2030」は存在せず石油依存体質が強かったものの、「ビジョン2030」が策定され、大きく舵が切られようとしている今、シェアへのこだわりはなくなっている、という見方もあります。

 しかし、まだ根強くシェアにこだわっていることを示すデータも。

図:サウジアラビアの原油生産量の推移

単位:千バレル/日量
出所:OPECのデータより筆者作成

 サウジアラビアはこの半年間、減産期間中も上限一杯まで生産量を拡大させています。これは、減産を順守しながらできるだけ生産量を多くして自国の収益の減少幅を最低限にとどめたい、という意図に加え、生産量が拡大する米国の追随から逃れたい、という意図があると筆者は考えています。

 また、サウジアラビアは、2017年10月にサルマン国王が初めてロシアを訪問、11月のOPEC総会後の共同記者会見ではロシアの担当者と“friend(友人)”と呼び合うなど、ロシアとの距離を縮めていると見られます。

 このことから、サウジアラビアには、減産はロシアと協力して“全体として”上手くいくようにする思惑があると考えられます。ロシアを使って全体として減産が進む環境を作り、市場には減産が上手くいっているという印象を与える一方、できるだけ多く生産を続ける体制を整えたい(シェアの維持を継続したい)、ということです。

 サウジアラビアのシェアにこだわる温度感は想像の域を出ませんが、「ビジョン2030」はあと12年間という時間を残しており喫緊の課題ではないこと、足元の原油生産量は減産で合意した上限一杯を維持していること、ロシアとの関係が緊密になりつつあることなどから考えれば、今のところ、サウジアラビアはシェアへのこだわりを持っている(シェアを優先する心を持っている)と筆者は考えています。

 このことは、米国の原油生産量がさらに増加し場合、シェア争いが再度勃発することを示唆しています。

 サウジアラビアが生産量が増加して急接近する米国を退ける(シェア争いに勝つ)ためには、どのような手段があるのでしょうか?

1 米国の生産量が減少する
2 サウジアラビアの生産量が増加する
3 1.2が同時に起きる

 単純に上記の3つの事象が起きればサウジアラビアがシェア争いで優位に立つことができますが、この3つの事象をサウジアラビアが“起こす”という点で考えれば、

1´ 米国の生産量を減少させる
2´ サウジアラビア(自国)の生産量を増加させる
3´ 1.2を同時に起こす

ということになります。

「米国の生産量を減少させる」は、2014年11月のOPEC総会で減産を実施しなかった(原油価格のさらなる下落を容認・誘発し、生産コストが比較的高い米国の原油生産を鈍化させた)ことに類似する施策(たとえば、減産中の現在であれば減産の早期終了や削減幅の縮小など)に打って出ること、「サウジアラビア(自国)の生産量を増加させる」は、合意した減産を破って生産量を拡大させることを連想させます。

 サウジアラムコのIPO(新規株式公開)を成功させるためには、同社の評価(会社の価値)を向上させる必要があるため、原油市場を混乱させることはサウジアラビアの本意ではないと考えられます。

 ただ、“原油価格が高いこと”よりも“価格をコントロールでき得るシェアを持っている”ことが優先される可能性があります。

 サウジアラムコのIPOは「ビジョン2030」の目玉だと言われていますが、株式公開ができた場合、石油産業がビジネスのメインである同社のその後の業績を左右するのは、他でもない原油価格の動向です。

 原油価格が今高いことよりも、原油価格を今後、長期的に牛耳る(サウジアラムコの業績を長期的にコントロールする)には、シェアが必要である、という点に立てば、サウジアラムコのIPO・IPO後の長期的な業績のためにも、引き続き、(石油依存からの脱却を謳う「ビジョン2030」の理念に反するとしても)シェアを握っておかなくてはなりません。

 ひるがえって、「ビジョン2030」やサウジアラムコのIPOのために、シェアを維持せざるを得ない(石油依存から脱却できない)可能性があるということです。

 サウジアラビアがシェアへの強いこだわりを持ち続け、かつ今後も米国の生産量の増加が続く場合、シェア争いが再度勃発し、サウジアラビアが発端となり原油市場が不安定化する可能性はゼロではないと筆者は考えています。

 カギは米国の原油生産量の動向が握っていると思います。