レイ・ダリオの個人向けポートフォリオ

先日、投資を語ったある翻訳本の解説を書く機会があって、ヘッジファンド運用会社ブリッジ・ウォーター社を経営するレイ・ダリオのアイデアに触れる機会があった。レイ・ダリオは、たとえば川上穣「カリスマ投資家の教え」(日経ビジネス人文庫)のような投資の世界の偉人を扱う本の中でも、近年、ウォーレン・バフェットに次ぐ重きをなしているように見える運用界の超大物だ。

筆者が解説を担当した書籍では、いかなる環境の下でも収益を上げることを目指す、書籍内の言葉では「全天候型ポートフォリオ」の個人版で、ヘッジファンドのようにレバレッジを使わない「オールシーズンズ・ポートフォリオ」が紹介されていることが「目玉」になっていた。

レイ・ダリオは現在新規の資金を受け入れていないし、過去にも超富裕層向けの大口資金しか受け入れてこなかったので、彼が一般個人向けに考えたポートフォリオとは興味深いテーマだ。

レイ・ダリオのアイデア

さて、ダリオが作ったポートフォリオは近日中に発売される予定の書籍(アンソニー・ロビンズ「世界のエリート投資家は何を考えているか」、三笠書房)を見て頂くとして、彼が、負けないポートフォリオを作る上で重視した発想が二つある。

第一番目は、普通のバランス・ポートフォリオ(例えば、株式5:債券5)はリスクがアンバランスであり、株式と債券のリスクをバランスさせるためには、債券(特に長期国債)が株式の3倍くらいなければならない、という考えだ。

確かに、経済が不況あるいはデフレーションに陥り、株式のリターンがマイナスになる場合、これを金利低下に伴う長期債の値上がり(利回りは低下)で補うには、相当の量の債券が必要であることは想像に難くない。

レイ・ダリオの第二番目のアイデアは、彼の言葉で「経済は機械のように動く」という経済の局面展開の全てに対応するといいというものだ。彼は、このアイデアを30分程度の動画にまとめてネットに公開している(日本語版、日本語字幕版もあるので検索して視聴してみて欲しい)。

大まかに説明すると、経済は長期的には生産性の拡大経路に沿って成長するが、信用が拡大する時に経済が上昇し、信用が縮小する時に経済が下降する、短期的な影響を受ける。また、信用が拡大する時にはマネーが拡大するので、このペースが生産性の上昇を上回った場合にインフレーションになり、逆の場合にデフレーションになるというのが大凡のストーリーだ(ちなみに「山崎式経済時計」と動きの仕組みは全く同じだ)。

そこで、彼は次のように考えた。

  1. 経済には、「経済上昇」「インフレーション」「経済下降」「デフレーション」の4局面があり、次にどの局面が来るかは予想できないが、
  2. それぞれの局面で理想的なポートフォリオがあり、
  3. 4局面で理想的なそれぞれのポートフォリオを同量のリスクで組み合わせると、どんな局面になっても負けないポートフォリオを作る事が出来るのではないか、
  4. これに書籍の著者の「レバレッジ無しで、個人でも持てる資産配分を教えてくれ」という(少々無理気味の)リクエストに応えて、

米国人向けに作ったのが「オールシーズンズ・ポートフォリオ」だ(中身は、書籍を見て下さい)。かなりの割合で米国の長期国債を組み入れたポートフォリオになっている。

日本の投資家向けに作るとどうなるかを考えてみた…

さて、上記の発想を借りて、筆者は、日本版の「負けないポートフォリオ」を考えてみた。

冷静に考えると、4つの局面に対してリスクが同量であっても、それぞれの局面向けのポートフォリオがどのような相関関係を持っているのかによって、常に負けないポートフォリオになるとは限らないが、経済局面別のポートフォリオを組み合わせるという発想は面白そうだ。

それぞれの局面に応じて、「5」ユニットの資産を割り振るポートフォリオを考えてみよう。厳密にリスク同量という訳にはなかなかいかないが、以下のように考えてみた。

  1. 経済上昇期 国内株式2、外国株式1、ヘッジ付外国株式1、個人向国債(変動10)1
  2. インフレーション 金(ETF)2、Jリート1、国内株式1、外国株式1
  3. 経済下降期 長期国債2、個人向け国債(変動10)2、ヘッジ付外債1
  4. デフレーション 長期国債3、ヘッジ付き外債2

これらを合計して、以下のポートフォリオを得た。

【日本版オールシーズンズ・ポートフォリオ(山崎案)】

  • 国内株式 15%
  • 外国株式(先進国)ヘッジ無し 5%
  • 外国株式(先進国)ヘッジ付き 10%
  • 金(ETF) 10%
  • J-REIT 5%
  • 長期国債 20%
  • ヘッジ付き外国債券 15%
  • 個人向け国債(変動10年) 20%

日本版オールシーズンズ・ポートフォリオ(山崎案)の評価

先ず内外の株式にリートを足しても35%の組み入れ率なので、長期的な期待リターンはせいぜい2%程度だろう。機関投資家の内外株式に対する期待超過リターンは、せいぜい5%程度なので、2%台後半の超過リターンは望みにくい。

一方、リスクは5〜7%くらいの数字になりそうだ。「それでは、しばしば負ける(リターンがマイナスになる)ではないか」という批判が出そうだが、そもそも、リスク・フリー金利がゼロないしマイナスなのだから、仕方があるまい。

一方、金やリートといった、日頃、筆者が組み入れを勧めない対象が組み入れられているが、これらは、インフレーションの局面ではポートフォリオを助けそうなイメージがある。

ちなみに、金(ゴールド)に対する考え方は、ウォーレン・バフェットとレイ・ダリオの二人の間に大きな隔たりがある。

ウォーレン・バフェットは、「金は収益を生む資産ではないので、投資対象として不適切だ」と考えている一方で、レイ・ダリオは、「金は、主にインフレのヘッジとしてポートフォリオの一部を振り向ける上で有効な資産だ」と考えているようだ。筆者の考えはバフェットに近いが、目的をリスクのコントロールに変えると、ダリオの言うことも理解できる。

ダリオ式の考えを徹底するなら、株価の下落を相殺できるくらいの長期債を持ってリスクをバランスさせた上で、レバレッジを掛けてリターンを高めたいにちがいない。「レバレッジ無しで」という書籍の中でのリクエストには、少々無理があったように思う。

また、いかにオールシーズンを目指すとはいえ、現在の日本の投資家が、「長期国債」を持つことには無理がある。現在の日銀の金融政策は、季節で言う「四季」の例外だと考える方がいいだろう。

「長期国債:20%」は、現状では、「ヘッジ付外債」か「個人向け国債(変動10)」に割り振る方がいいのではないか。

投資の基本とリスクへのアプローチ

今回は、負けるリスクをいかに小さくするかをテーマとしてポートフォリオを考えてみたが、投資には、別のアプローチもある。

下の図は、収益を生む資産のプライシングの仕組みを図示したものだ。

資産価格の決定とリスクプレミアム

不確実な将来の価値を現在価値に割り引く際に、割引率の中に「リスクプレミアム」が含まれる。投資とは、このリスクプレミアムをなるべくたっぷりと取り込もうとする行為だ。

因みに、将来の収益が低成長な国や企業の株式であっても、「低成長」が十分価格に織り込まれている場合には、リスクに見合ったリスクプレミアムがあるはずなので、「低成長だから、株式投資は儲からない」というのは俗説だ。

一般的な投資法は、今回考えたレイ・ダリオ式のものとは異なり、長期間投資することによってリスクプレミアムをたっぷり取り込もうとするものだ。加えて、資産価格が下落した時に、なるべく割安な価格で(ウォーレン・バフェットやベンジャミン・グレアムの言葉では「大きなセーフティー・マージン」で)株式などの資産を買う事が出来れば、より安心だと考える。

一般に、レバレッジを使わない運用を考える方が無難なので、そうした条件で「リスクプレミアムをたっぷり取り込む」ためには、株式のような収益を生むリスク資産に対して、なるべく分散投資した上で、低コストを徹底しつつ、長期的に投資するアプローチが最も実行しやすくて有効である可能性が大きいように思う。