プチ富裕層の運用相談

 あるファイナンシャル・プランナー(FP)の相談業務を手伝った際に気づいたことなのだが、特に個人の場合、気づきにくいが、運用を極力シンプルにすることに大きな効用がある(実は、年金基金などの機関投資家にあっても同様だと思うが…)。今回は、この相談の際に気づいたことをお伝えする。筆者の知り合いのFPに相談を持ちかけてきたのは、地方都市に住むまずまず富裕な親子であった。一家は、先代からの相続財産があったこともあって、約2億円程度の金融資産を持っていた。

 保有資産のおおよその内訳は、以下のようなものだった。

  1. 銀行預金が5,000万円、
  2. 証券会社のMRF及び預かり金が4,500万円、
  3. 個人向け国債変動金利10年満期が2,000万円、
  4. 日本株が数銘柄で4,000万円、
  5. 米国株が数銘柄で合計1,500万円、
  6. 投資信託が4種類で合計2,000万円
    (毎月分配型2本と、日本株のが1本、世界の株式に投資する海外が1本)、
  7. 社債が2本で合計500万円、
  8. ブラジルレアル建ての債券が500万円

 これらは、家族3人の合計であり、そのうちの2人は、NISAとiDeCoに口座を保有しており、残りの1人(やや高齢)もNISAの利用を検討していた。家は持ち家で、これらとは別に、最近就職した子供は金(地金)を1,000万円以上保有している。

 取引金融機関は、銀行はメガバンクと地方銀行の2行を利用し、証券会社は強気の対面営業で知られる大手証券1社に資産が集中していて、この会社が家族にしっかり食い込んでいる様子だ。何をするにしてもその証券会社の利用は継続したいという強い意思があるようで、「NISA口座で、○○証券で利用可能な商品を紹介してください…」といった依頼が箇条書きで並んでいた。数億円レベルくらいのお金持ちに、いかにもよくありそうな資産状況だった。

 さて、「運用の相談なので、手伝ってもらえませんか」と頼まれて、「はい。運用の話ならいいですよ」と気楽に引き受けたものの、この相談案件はなかなかに大変であった。

 

自分が持つリスクの大きさを知っている人は意外に少ない

 第一に手こずったのは、実質的なリスクの把握だった。

 まずは、リスクの大きな株式のリスクを把握しなければならないのだが、これが簡単ではなかった。日本株式と米国株式が合計で20%以上あるのだが、日本株にも、米国株にも、それぞれのカテゴリー全体の3分の2に近い、突出して大きなウェイトの保有の1銘柄があった。日本株では製造業の某社、米国株では有名IT企業の株式だった。

 1銘柄だけに投資する場合のリスクは、市場全体を代表するインデックスのリスクのおおむね1.5倍から2.5倍くらいある。それぞれの銘柄の株価のボラティリティの大きさやβ値などを調べておおよその見当を付けたが、日本株、米国株ともに投資金額に比して株価指数の1.5倍程度のリスクがあるようだった。そして、これらに加えて、投資信託を通じた投資がもたらす内外の株式のリスクがある。

 すでにこの段階で、相談者が、自分の投資リスクの大きさを把握していないことは確かであるように思われた。たとえば、「ドル・円の為替レートが1円円高になったときに、いくらぐらい損をするとお考えですか?」、「あるいはNYダウが5%暴落したら、いくら損をすると思われますか?」と相談者に聞いても、答えられなかったに違いない確信がある(答えられるくらいなら、他人に相談していないだろう)。率直に言って、この質問に答えることは、筆者にとっても簡単ではないが、投資家が知っておくべき重要なポイントだ。

 原因は、相談者のポートフォリオが、不必要に複雑であることにある。

 このようなポートフォリオ(典型的な状態の一つだと思うが)を持っている場合、個人投資家は、(1)自分のアセットアロケーションを把握していない場合が多いし、(2)個別の資産クラス内のリスクを把握する術を持っていない場合がほとんどだろう。

 

運用の把握と管理を難しくする諸問題

 この相談者の場合、日本株式も米国株式も、分散投資がまったくできていなかった。

 個人にも個別の株式投資の面白さを伝えたいのは山々だし、こうするとおおよそ上手くいくという原則をいくつか提示することはできるが、平均的な個人投資家が個別株式のポートフォリオを適切に管理することは相当に難しいのが現実だ。

 また、今回の相談者は、投資信託のバランス・ファンド(内外の株式と債券を両方含むファンド)を持っていなかったが、バランス・ファンドを持っていた場合、自分自身のアセット・アロケーションの把握がさらに難しくなっていたであろう。

 加えて、NISAやiDeCoと通常の課税口座、さらには銀行など、複数の口座に資産が置かれていることの管理の難しさがある。複数口座の管理の原則は、(1)合計を重視してコントロールすることと、(2)各口座に適切な運用対象を割り当てることの2点だが、個人投資家がこれらを的確に行うことは簡単ではないのが現実だ。

 たとえば、iDeCoでは、内外の株式などの期待リターンの高い対象に集中的に投資することが適切であり、バランス・ファンドのような商品は不適切だ。また、それぞれの口座毎に利用できる商品の手数料をいかに最小化するか、という点も重要だ。

 

預かり金・MRF・預金の問題

 また、今回の相談者のケースを見て現実的に心配になったのは、証券会社に置かれている預かり金ないしはMRF、あるいは銀行にある預金の存在だった。

 これらは、計画的かつ適切に保有されているものなら必ずしも悪くないのだが、漫然とそれぞれの場所にあると、セールスマンが狙う格好の資金源になってしまう。たとえば、これらのうち、当面使う予定のない金額を個人向け国債にでも振り向けて固定し、セールスの対象にならないようにしておくことが、現実的には適切だろう。

 実際の状況にあっては、こうした流動的な投資予備資金を持っていることで、相談者は、金融機関の営業担当者から頻繁なアプローチを受けていて、そのことを心地よく思っていると推測できる(違っていたら、ゴメンナサイ!)。こうした、いかにもセールスのしがいがある状態で資産を持たないほうがいい。

 なお、いささか我田引水になるが、当社のようなネット証券に資産を置くと、人間のセールスマンがアプローチして来ない点が何といっても好ましい(手数料が安いメリット以上に大きなメリットだと筆者は思う)。

 

「市場のリスク」と「人間のリスク」

 今回の相談のようなケースを見てつくづく思うのは、個人の資産運用には、株価の変動のような「市場のリスク」と、他人に不適切な運用をすすめられるような「人間のリスク」の2つのリスクがあることだ(再び、機関投資家でも同様だろうが)。 特に、後者のリスクは、本人が気づきにくいし、相手は「手数料を稼ぐ(≒ほぼ常に投資家のマイナスになる)」方向に注力するので大いに危ない。

 高齢者をはじめとして、多くの投資家が、市場や商品に対する自分の判断からではなく、金融マンなど他人に対する好悪の感情を元に資産運用の判断を行う。たとえば、「私は難しい商品のことは分からないけれども、○○証券の、××さんはいい人なので、彼のすすめる商品は悪いものではないと思う」といった、まったく不用意な判断の下に運用商品を売り買いする。

 金融の世界で、「自分は、人間を判断できる」と思うのはまったく馬鹿馬鹿しいくらいの自信過剰で常識のない行為なのだが、この行為を改めさせることは容易ではないのが現実だ。

 自分で判断できるようになることが真のベスト(難しくはない!)、商品を売る可能性のない専門家に相談することがセカンド・ベストなのだが、悪い判断と投資対象を取り込まないようにするためには、自分の運用自体をできるだけシンプルに、内容把握がしやすいものに変えておくことが有効だろう。

 

シンプルな運用の効用

 先の相談者に関しては、NISAのように中途売却すると税制メリットを失うものに関しては無駄な運用コスト(おおむね、運用管理手数料マイナス年率0.3%を「無駄」と判断した)の比較で処置を決め、現状で問題のない運用商品(TOPIX連動型のETFや世界の株式に投資する海外ETFなど)を残した上で、運用全体を、「個人向け国債変動金利10年満期」(特に証券会社のMRF・預かり金の殆どを振り向けた)、「TOPIX連動型のETF」、「外国株式のインデックス・ファンド」に振り向けて、大まかには、これらと銀行預金の4つの資産に運用全体を単純化することをアドバイスした。

 せいぜい4つの運用対象だけで運用を構成することにすると、全体のリスクの状況が把握しやすくなるし、金融マンや金融業者と結託したアドバイザーから、余計ないし不適切な(たいていは手数料が無駄に高い)商品をすすめられて買う「人間のリスク」を大幅に軽減できる。

思うに、多くの運用商品に投資させて、顧客の運用資産の状況を複雑化させることは、金融機関の営業マンにとって、手数料の高い商品を顧客に買わせるための有力な武器になっている。

 運用はシンプルであって何ら非効率的にならないし、その方が間違いにくくかつ騙されにくくなるのだから、個人にとっては大いに望ましい。いろいろな運用商品を持つと面白いと感じる場合もあるし、金融マンに構ってもらうことや、新しい商品を買う事に楽しみを感じる人がいることもわからないではないのだが、そこをぐっと堪えて、無駄な複雑化を避けてシンプルな運用に徹することをおすすめしたい。