「2018年マーケットリスクはどこ?」で、2018年に向けた不透明感漂うリスクに触れましたが、「中国」も不安感と不透明感が充満しているリスクのひとつかもしれません。中国の景気が順調であれば、世界経済は順調に成長していくという構図が出来上がっています。中国がつまずけば世界もつまずく、日本は大きくつまずくかもしれません。

 先日、中長期的にそのきっかけになるかもしれない報道がありました。共産党大会を終えた2期目の習近平体制が始動。「影の銀行」規制に本格的に踏み切ったようです。「影の銀行」とは、銀行を介さず、迂回して当局の目が届かない融資を行う仕組みのこと。当局の目が届かないため「影の銀行」(シャドーバンキング)と呼ばれています。

 ただ、この融資は地方のインフラ投資やリスクの高い不動産開発などに融資されていることが多いため、当局から見ればモラルハザードが広がり金融システムの脆弱性を高めるとの懸念から、将来のリスクの芽を摘むために本格的に規制強化に乗り出したようです。

 「影の銀行」経由の融資の原資は「理財商品」と呼ばれている金融商品です。銀行が個人や企業に販売する投資信託のようなもので集められ、預かった資産の8割は簿外で運用されています。2016年末の残高で29兆元(約500兆円)あるといわれており、当局はこの理財商品の販売に規制をかけると公表しました。しかも、抜け道がないように銀行、証券、保険と業種を横断的に網にかけるとのことです。

 さらに、「暗黙の銀行保証」に罰則規定を設けるようです。多くの理財商品は元本保証や想定利回りの保証はしていませんが、債務不履行もほとんどないことから個人投資家は「銀行が保証するので安全」と、暗黙の保証があると思い込んでいるようです。このような背景によって個人の資金が流れ込みやすいことから、ここに当局は罰則規定を設け、もし、銀行が理財商品の運用損失を自己資金で穴埋めしたりすれば罰するということにしました。

 理財商品残高500兆円という数字だけでも驚きますが、当局は、今回の規制は理財商品だけでなく、信託商品、基金など幅広く規制するとのことで、なんとその規模は2016年末の残高で96兆元あるとみられています。1,655兆円です。日本のGDP(国内総生産)の3倍です。2016年末の日本の家計の金融資産残高1,800兆円の9割に当たる数字です。なんと巨大な金額でしょう。中国当局も規制の影響が大きいとみられるため2年弱の準備期間を設け、2019年7月からこの規制を実施するとのことです。

 この規制は11月17日に発表されました。もし、実施されれば地方銀行や中堅・中小銀行の資金調達に影響が出るとの警戒感や、金融機関は理財商品を手放すのではないかとの思惑から上海株は売られ、10年物国債の金利は急上昇し、2014年10月以来となる4%台を付けています。

 しかし、興味深いのは、中国のマーケットは反応していますが、これほどの巨額の規制が行われようとしているにもかかわらず、まだ、中国を震源地とした世界的に大きな影響には至っていないということです。世界の金融・株式市場はこの規制ニュースをまだ先の話として無視しているのかもしれません。また、中国の個人投資家も動揺していないようです。

 これまでの経験から、中国当局は市場が荒れだしたら前言を撤回すると思っている個人投資家が多いため、慌てて何かを処分するというような動きはしていないようです。仮想通貨の規制とは違うようです。

 

中国の「影の銀行」と簿外運用商品

・「影の銀行」(シャドーバンキング)
銀行を介さず、融資を行う仕組みのこと。迂回して当局の目が届かないため「影の
銀行」と呼ばれている。地方政府のインフラ投資やリスクの高い不動産開発に湯視されることが多く、その規模は約8兆5,000億ドル(約920兆円)とのこと。

・ 「理財商品」
 銀行が個人や企業に販売する投資信託のような金融商品。預かった資産の8割は簿外で運用されており、2016年末残高は29兆元(約500兆円)といわれている。一部は「影の銀行」の原資として運用されているとのこと。

・ 「資産管理商品」
 中国当局は今回の規制発表で、投資家から資金を預かって簿外で運用する金融商品を「資産管理商品」と定義し、理財商品、信託商品、基金など幅広く規制する。その残高は2016年末で96兆元(約1京1,655兆円)との推計がある。中国の資産運用商品は、この13年間で資産ほぼゼロから96兆元に膨らんだとのこと。
 

灰色のサイ

 このように2年後には確実に規制が実行され、大きな問題を引き起こす可能性があるのにもかかわらず、現時点では軽視されがちな問題を「灰色のサイ」と呼ぶようです。高い確率で存在する上に、影響も大きな潜在的リスクのことを「灰色のサイ」と名付けたのは米国の作家ミシェル・ワッカー氏、2013年1月にダボス世界経済フォーラムで提起しました。「灰色のサイ」と比較される概念で「ブラックスワン」(黒い白鳥)という概念があります。発生する確率は低いが大きな影響を与える事件のことです(黒い白鳥はめったに表れないことから由来)。2008年のリーマンショック後に例えとしてよく使われるようになりました。一方、「灰色のサイ」は、サイは灰色が普通で、普段はおとなしいが、暴走し始めると誰も手を付けられなくなるということに由来しています。

 11月、中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は、世界の金融当局者でおそらく初めて「灰色のサイ」に触れた発言をしました。「ブラックスワンの出現だけではなく、灰色のサイのリスクも防がなければいけない。」との発言は、近い将来に退任を示唆している周総裁の言葉だけに重みがあります。周総裁が想定している「灰色のサイ」は、高成長の代償で積み上がった民間債務について強い警告を発しています。

 IMF(国際通貨基金)の試算によると、金融を除いた中国の対GDPの民間債務比率は2016年の235%から2022年には290%に達する見通しを立てています。この債務比率の高さが中国経済崩壊論のひとつとなっているようです。

 中国の「灰色のサイ」は他にもありそうです。不動産バブルや銀行の不良債権など、潜在リスクの存在はみんなわかっており、そのリスクが暴れ出したら手が付けられないということも承知だが、マーケットは注意を払わない状態になっています。2期目の習近平指導部は、この「灰色のサイ」を手なずけるためにいろいろな規制に動き出したようですが、サイが暴れ出さなくても、規制による影響によってマーケットが傷つくというシナリオも想定されます。現在の中国の株や債券市場の動きは一時的な動きなのか、不穏な動きの始まりなのか注視していく必要があるようです。