今日の見出し

  • 表向きの強気データと、その詳細の弱気データのギャップに苛まれる状況
    ・原油在庫 週次で米国全体として減ったが在庫の半分を有するPADD3地区は同地区としてはほぼ変わらずのレベル 
    ・稼働リグ数 米国全体として減ったがシェール主要地区のリグ数は増加
  • 週次の在庫に関する強気データは“記録的な高水準”という弱気材料をはらんだまま
    原油在庫は“前週比減”と“記録的な高水準”が同時進行。在庫は(季節的に減るのは当たり前で)減少幅が問われる。今ドライブシーズン終了時点で2014年後半の急増直前の水準まで減少することが求められるか。
  • ブーム開始後一貫して続く“シェール主要地区の1油井あたりの原油生産量”の増加
    シェール主要地区の原油開発・生産は効率化が進んでいる。効率化の波は、かつて100ドルとも70ドルとも言われた開発コストを継続的に引き下げる一因となり、現在では50ドル程度でも開発が可能になっているとみられる。

 

昨日(7月6日)、米エネルギー省が週間石油統計を公表し、前週までの米国全体および同国の5つの石油管理地区ごとの原油・ガソリンの在庫、米国全体の原油生産量などが明らかになりました。

その統計を受けて、昨晩の原油価格は一日としては比較的大きな幅で上昇・下落する展開となりました。その模様は「強気と弱気が混在した石油統計によるもの」のように報じられました。

余談ですが、米国は毎週のように、石油主要国である自らのデータを公表します。“公表できます”という言い方もあるように思えるのは、半年に1回の頻度で総会を開くOPEC(それ以外の“臨時”や総会でない“会合”もありですが)と異なり、米国は週次というOPECより格段に高頻度で自らを発信源として原油市場に影響をおよぼす自らのデータを公表することができことから、個人的には米国が原油市場の主導権を握っているのではないか?と想像することがあります。

OPECの世界の石油市場における発言力についての議論がありますが、その多くは産油国としての米国の台頭がOPECの発言力を弱める要因になっている(生産量のシェアが発言力の大きさに比例する)、とするものであるように思われますが、その点に加え、米国の石油に関する高頻度で詳細で豊富で原油市場に直接的な影響力のある情報を米国自らが配信できるという“米国の強力な情報発信力”もまた、OPECの存在や発言力を相対的に弱める要因になっているように感じます。

表向きの強気データと、その詳細の弱気データのギャップに苛まれる状況

  • 原油在庫 週次で米国全体として減ったが在庫の半分を有するPADD3地区は同地区としてはほぼ変わらずのレベル
  • 稼働リグ数 米国全体として減ったがシェール主要地区のリグ数は増加

原油在庫 米国全体として減ったが在庫の半分を有する本丸のPADD3地区は同地区としてはほぼ変わらずのレベル

昨日の週間石油統計では、報じられているとおり米国の原油在庫は減少しました。この点が昨晩、原油価格が一時上昇したことの要因と報じられています。

以下はその米国の原油在庫の推移です。

図:米国の原油在庫の推移(2017年1月以降) 単位:千バレル

出所:米エネルギー省のデータより筆者作成

この米国全体の原油在庫の減少について、米エネルギー省が提唱する5つの石油管理地区ごとにみてみたいと思います。

表:地区別原油在庫

  原油在庫
(6月30日時点)
千バレル
在庫シェア 前々週比
千バレル
変化率
各地区の在庫比
PADD1
東海岸地区
15,995 3.2% -1,577 -9.9%
PADD2
中西部地区
151,669 30.2% -1,631 -1.1%
PADD3
メキシコ湾岸地区
258,940 51.5% -1,067 -0.4%
PADD4
ロッキー山脈地区
22,484 4.5% -848 -3.8%
PADD5
西海岸地区
53,826 10.7% -1,176 -2.2%
全米合計 502,914   -6,299 -1.3%

出所:米エネルギー省のデータより筆者作成

5つの石油管理地区とは以下のとおりです。

図:米エネルギー省が提唱する5つの石油管理地区

出所:米エネルギー省の資料を基に筆者作成

一見すると、いずれの地区でも原油在庫が減少しており問題はなさそうに見えます。

しかし、全米の半分強の在庫を有するメキシコ湾地区の原油在庫の減少幅は2番目に小さいこともわかります。OECD石油在庫ベースの米国のシェアはおよそ40%※であり、その米国の原油在庫の半分強が上図のとおりメキシコ湾地区にあります。※2017年5月現在。米エネルギー省のデータより推計。

つまり、今回の週間石油統計で、2014年後半以降の世界の石油在庫の急増・その主因とみられる米国の原油在庫の急増、そしてその主因とみられるメキシコ湾地区の原油在庫の急増、という一連の文脈の大元ともいえるメキシコ湾地区の原油在庫において、積極的な減少が見られたか?という疑問については、同地区の原油在庫の変化率が-0.4%という、同地区としてほぼ変わらずのレベルであることもあり、筆者は不十分であると感じています。

稼働リグ数 米国全体として減ったがシェール主要地区のリグ数は増加

ベイカーヒューズという米国で長く石油開発を手掛ける会社が毎週公表している米国の石油掘削のために稼働しているリグの数について、先週その減少が確認され、原油価格の反発要因となったと報じられました。

リグ(rig)とは油井を作るために地面に穴を掘っている機械のことで、生産するためのポンプなどの機械ではありません。リグは抗井が油井となり生産段階に入ったときにはすでに解体されています。解体されれば稼働リグではなくなりますので、カウントの対象にならなくなります。

そのリグの数の減少が将来の米国の原油生産量を減少させる、引いては米国の原油在庫の減少に寄与する期待を高めた、ということでありますが、この点について、ベイカーヒューズ社が公表したデータの中から、上記の石油管理地区の図にも記載した米エネルギー省が提唱する7つのシェールオイル主要生産地区(Bakken、Eagle Ford、Haynesville、Marcellus、Niobrara、Permian、Utica)のデータを抽出したところ(WillistonをBakkenに、DJ-NiobraraをNiobraraに読み替え)、この7地区の稼働リグ数の合計は増加していたことが分かりました。

図:米国の石油掘削のための稼働リグ数の推移 単位:基

出所:ベイカーヒューズ社のデータを基に筆者作成

シェール主要地区で1基増加、それ以外で3基減少、差引2基減少ということになります。報じられているのはほとんどこの“2基減少”の点です。

主要7地区の原油生産量の合計を米国のシェールオイル生産量とするケースが見られることから、主要7地区の動向が重要であることが分かります。その主要7地区の稼働リグ数を先週ベイカーヒューズ社が公表したデータから確認すれば、増加だった、ということについては留意が必要なのかと思われます。

週次の在庫に関する強気データは“記録的な高水準”という弱気材料をはらんだまま

 原油在庫は“前週比減”と“記録的な高水準”が同時進行。在庫は(季節的に減るのは当たり前で)減少幅が問われる。今ドライブシーズン終了時点で2014年後半の急増直前の水準まで減少することが求められるか。

以下は、米国の原油在庫について、1991年1月以降の推移を示したものです。前々週比減少となったとはいえ、まだ記録的な高水準であることがわかります。

図:米国の原油在庫の推移(1991年1月以降) 単位:千バレル

出所:米エネルギー省のデータより筆者作成

また、毎年ドライブシーズン(おおむね毎年5月下旬から9月上旬)には原油在庫が減少する傾向にあるため、原油在庫はこの時期は減って当たり前であることになります。OPECが謳う世界の石油在庫を過去5年平均まで減少させる(“減産によって”ということですが)、という点を世界の在庫急増の主因である米国の原油在庫増加に当てはめれば、現在のおよそ5億バレルから3億バレル程度まで、つまりここから2億バレル減少することが望まれる、ということになります。

昨年のこの時期の米国の原油在庫は、およそ4,100万バレル減少しました(2016年5月13日5億0,979万から同9月30日の4億6,910万バレルへ減少)。今年、昨年と同等の減少となった場合、今年9月下旬時点で米国の原油在庫はおよそ、4億6,200万バレルから4億8,200万バレル近辺で着地する見込みとなります。

つまり、例年通りの“季節的な減少”では足りなく、例年以上の減少がなければ、過去5年平均までの減少は難しいということなのだと思います

また、以下は原油とガソリン在庫を同時に示したものです。

図:米国の原油とガソリン在庫の推移(1991年1月以降) 単位:千バレル

出所:米エネルギー省のデータより筆者作成

ガソリンは原油を精製して作られる石油製品です。上図よりガソリン在庫は原油在庫と異なり、2014年後半以降に急激に増加していません。この25年間、ガソリン在庫は近年やや増加しているものの、おおむね2億バレル強で推移しているのは消費量に応じて精製が行われているためであると考えられます。

ガソリン在庫の減少は原油消費の増加を示し、その結果原油在庫が減少する、という連想もあると思いますが、もともと消費量を想定して精製されたガソリン在庫の増減については、よほどのサプライズ感をもった減少(想定して精製された在庫では目先の消費を満たせないくらいにガソリン消費が突如急激に増加する事態の発生)とならない限り、ガソリン消費が原料である原油在庫を“想定以上に”減少させる要因にはならないのではないかと思います。

ある程度、ガソリン在庫と原油在庫の話は切り離して考えていく必要があるように思います。

ブーム開始後一貫して続く“シェール主要地区の1油井あたりの原油生産量”の増加

 シェール主要地区の原油開発・生産は効率化が進んでいる。効率化の波は、かつて100ドルとも70ドルとも言われた開発コストを継続的に引き下げる一因となり、現在では50ドル程度でも開発が可能になっているとみられる。

以下はシェールオイル主要地区における1油井あたりの原油生産量の7地区平均の推移です。

図:シェールオイル主要地区の1油井あたりの原油生産量の7地区平均 単位:バレル/日量

出所:米エネルギー省のデータより筆者作成

この1油井あたりの原油生産量については、新たに生産がはじまっておよそ1か月間の油井1つからの原油生産量とされ、上図はその値のシェール主要7地区の平均を示したものです。シェールオイルブームは2010年ごろから始まったとされますが、そのころから一貫して増加していることが分かります。

1油井あたりの原油生産量を言い換えれば、“生産効率”とすることができると思います。1つの油井からどれだけ効率的に原油生産が行えているか?ということです。この値が長期的な上昇傾向にあるということから、米国のシェールオイル開発・生産は長期的な効率向上の最中にあると考えられます。

また、細かい話になりますが、右上がりのグラフの角度に緩急があることからわかるとおり、この1油井あたりの原油生産量の上昇傾向に強弱の変化があった、つまり生産効率が進むスピードに変化があったことが分かります。

スピードの変化の一因は原油価格であるように思われます。2014年後半から急激に原油価格は下落、その後低迷する展開となりましたが、この急落の始まりから2016年半ばに一時50ドルを回復するまでおよそ1年半の間、生産効率のスピードがさらに増した(右上がりのグラフの角度が急になった)ことがわかります。

やや誇張表現かもしれませんが、“原油価格の急落・低迷が、生産効率向上のスピードを上げた”ということなのかもしれません。原油価格の下落は、この逆境を乗り越えるために行われた、業者の統廃合・掘削方法の改良・掘削技術の向上(ITの進化がシェールの更なる進化の手助けとなったと言う人もいます)などのきっかけ、つまり生産効率向上の大きな要因になったと考えられます。

また、米国のシェールオイルの生産コストの議論が度々持ち上がりますが、それについては、生産効率の向上の流れと反比例するように、以下の図のようなイメージで緩やかに低下していると考えています。筆者によるヒアリング等を含めた推測となりますが、現在の米シェールオイルの生産コストは40ドルから50ドルの間を中心に、上下10数ドル、というものであると考えております。

図:原油価格と米シェールオイル生産コスト(推測)

出所:CMEのデータを基に楽天証券経済研究所作成

米シェールオイル主要地区の原油生産量は、米国内の原油生産のおよそ60%に上るとみられます。その米国はOECD石油在庫のおよそ40%強を保有する国あるため、OPEC・非OPEC24か国の減産体制が減産を実施することで目指すとしている“世界の石油在庫の過去5年平均までの減少”についての大きなカギを握る国であると言えます。

本レポートでは、米国の原油生産量、原油在庫、シェール主要地区の生産効率などについて触れてきましたが、レポートを作成しながら、改めて米国の石油生産国としての存在感を感じたところです。

原油価格の本格的な反発は、米国で石油にまつわる大きな変化が生じることで発生するような気がします。引き続き、米国の原油事情に注目していきたいと思います。