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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
[動画で解説]深セン事件:日本人が中国で身を守るための五ヶ条

「抗日記念日」に日本人男児が刺され死亡するという事件が発生

 9月18日、中国広東省深セン市で、10歳の日本男児が刺され、死亡しました。日本でも大きく報じられ、現在に至っても、政府、民間を含め、至る所で話題となり、大変痛ましい出来事として語られています。

 同日午前8時ごろ、深セン市南山区に所在する日本人学校の校門から約200メートル離れた地点で中国人男性(44歳、無職)に刃物で襲われた。男児は直ちに病院へ搬送され、全力で治療が施されたようですが、翌日未明に死亡しました。

 あってはならない、決して許されない事件であり、一人の日本国民として、亡くなった男児やご両親らの気持ちを考えると、悲しいという一言では言い尽くせない気持ちになります。

 それと同時に、過去に10年以上中国で暮らした経験があり、自分なりの立場や方法で日中交流に関わってきた人間として、二度とこのような事件を起きないよう、今回の事件を単なる「個別の事案」として扱うのではなく、そこから教訓をくみ取り、今後の対策とすることが重要だと考えています。

 本稿は、そういう思いも込めて、書きたいと思います。

中国における「反日感情」と中国政府の立場

 事件発生後、日本政府は中国政府に対して、事件に関する経緯や詳細の説明や、再発防止に向けた対策などを関係者総動員で求めているように見受けられます。直近の例を挙げると、9月23日(日本時間24日)、米ニューヨークを訪問中の上川陽子外相が中国の王毅(ワン・イー)外相兼政治局委員と会談し、事実関係の解明、再発防止、およびSNS上における悪質な反日的投稿の取り締まりを徹底するよう求めました。

 これに対し王毅氏は、今回の事件を「偶発的な個別事案」だとした上で、「日本側は事件を冷静かつ理性的に見つめ、政治問題にしたり大ごとにしたりするのを避けるべきだ」とくぎすら刺してきました。今回の事件を受けて訪中した柘植芳文外務副大臣が23日に会談した孫衛東外務次官も同様の見解を示しています。

 私の理解によれば、中国政府が今回の事件を重く受け止め、今後、特に「反日感情」に火が付きやすい日、そして日本人が多く集まる場所に対して警備を強化するのは間違いないでしょう。また、今回の事件が引き金となり、日中関係が悪化する、日本企業が中国での事業に後ろ向きになる、中国市場から撤退するといった事態を防ぐべく、何らかの対策は講じていくのでしょう。

 一方で中国における「反日感情」は根深い、というのが中国に暮らしたことがあり、中国と20年以上付き合ってきた私の基本的な考えです。

 中国では学校、家庭、社会において、過去に日本が中国に対してどれだけ残酷な行為を行ってきたか、そして中国共産党の立場や見解を、文言、写真、映像、建造物などをフル動員させる形で宣伝してきました。正直、「あれだけを見て、聞いていれば、日本のことを嫌いになるのは当たり前」だと思いました。

 しかも、中国政府が「抗日記念日」に認定する日には、「抗日」が前面に出され、「国家、民族としての恥を忘れるな」というスタンスで大々的な宣伝活動が実施されます。日中関係が悪化したり、中国政府が、例えば台湾問題などにおける日本の政策に不満をあらわにするような場合、世論が「反日」に傾くのも日常茶飯事です。

 決してあってはならないことですが、今回深センで起きたような事件は、残念ながら、日本を含め、世界各地で、日々発生しています。同国人同士の場合もあれば、外国人と本国人であるケースもあるでしょう。その意味で、中国政府が繰り返し主張する、今回の事件が「個別の事案」であるという立場を完全に否定できるわけではありません。

 一方、前述したように、中国国内には、長年、学校で、家庭で、社会で複合的に蓄積されてきた「反日感情」が根深く存在し、そういう土壌・背景の下、今回の事件が発生したという経緯に目を向ければ、本件を「偶発的」と理解するのは間違っていると私は思います。

 6月にも、江蘇省蘇州市で、日本人学校のスクールバスが、同じく無職の中国人中年男性によって襲われ、日本人の親子が負傷する事件が起きています。「日本人が狙われている」という側面、そして現実は、決して否定できないということです。

日本企業と日本人は中国でどう身を守るべきか

 問題は、いかにして今回のような残酷な事件の再発を防止するかです。日中両国の政府が密な協議を続けながら、中国で暮らす邦人の安全確保に全力を注ぐのは当然ですが、私はそれだけでは足りない、もっと言えば、そこに「期待」するのは違うと思います。

 自分の身は自分で守る。

 これこそが王道、常識であり、「反日」がまん延する中国で身を守る上でも、まずは自分ができることをする。企業も自助努力の観点から、従業員や帯同家族とのコミュニケーションを強化すべきと思います。

 では、具体的にどう身を守るのか。

 せんえつながら、私自身の経験を踏まえ、日本人が気を付けた方がいいと思われる「五ヶ条」を書きとどめ、提言としたいと思います。
 

1.自分は「異国の地」で生活しているのだという意識を強く持つこと

 前述したように、独自の体制・国情が作用するがゆえに、「反日」がまん延する中国は異国の中の異国です。

 同じアジアの国だからとか、儒教や漢字を共有しているからとか、中国も治安や社会の安定を重視するから…「大丈夫だ」ではなく、特に日本人が生活するという意味では、中国こそが特殊なのだ、という意識を強く持つことが第一歩だと思います。

2.公の場において、日本語で、大声で話すのは控えること

 複数の日本人が、場合によっては日本語が話せる中国人も含む形で、大声で、明らかに「あの人たち日本人だな」と分かるような、大声での会話は可能な限り控えるべきだと思います。 

 言い換えれば、公の場においては、自分が日本人だと悟られないように、現地の社会や人々に「うまく溶け込む」ことが功を奏すると思います。ちなみに、私が北京で生活していた頃、日本語を勉強しているがゆえに周囲から差別を受けていた中国の学生がいました。

3.明らかに日本人だと分かるような服装は避けること

 日本人は総じて、服装や髪型を含めたファッションや身なりを重視する傾向が強いと思いますが、あからさまに日本人だと分かるような服装は避けるべきだと思います。

 何がそれにあたるのか、というのは定義や解釈が難しいですが、例えば日本人学校の生徒だと一目で分かる身なりだったり、日本の国旗が刻まれている洋服や帽子、カバンなどは、可能な限り公の場で身に着けるのは控えるべきだと思います。

4.明らかに日本人が集う場所・空間では警戒心を高めること

 前回の蘇州、今回の深センを含め、「現場」は日本人学校でした。現地で暮らす中国人からすれば、「あそこに日本人学校がある」「あのエリアには日本人が多い」というのは明白な事実であり、そうではない地域に比べて、狙われる危険度は増すと考えるべきでしょう。

 また蘇州も深センも日本企業が多く進出し、日本人が多く暮らす都市ですので、そういう都市ほど狙われやすいと見るべきです。

5.「抗日記念日」には1~4を特に徹底すること

 今回の深セン事件が、9月18日という、満州事変のきっかけとなった柳条湖事件の日に起ったという事実は非常に重いと考えています。それでいうと、盧溝橋事件が起こった7月7日、「南京事件」が起こったとされる12月13日。この三つの「抗日記念日」は、上記1~4を特に徹底すべきです。
 

 中国で身を守る「基本」として、まずは、上記1~5を徹底することで、狙われるリスクを相当程度低減できるのではないかと考えます。中国で生活する方、中国に渡航、出張する方などは、ぜひ実践してみてください。