退職金2,000万円を受け取った直後、妻が家を出た

 今回紹介するトシアキさん(仮名)は、大学卒業後から勤め続けた会社を定年退職したばかりの60歳です。

 妻のユキコさん(58歳・仮名)とは結婚して30年以上。子どももすでに独立し、これからは夫婦2人で老後を過ごしていくものだと考えていました。

 ところが、3月に約2,000万円の退職金を受け取ってからわずか3カ月後、突然ユキコさんが蒸発。その1カ月後、「離婚したい」と告げられます。

 トシアキさんは突然の事態にうろたえましたが、定年後の妻のそっけない態度に居心地の悪さを感じていたこともあり、離婚を受け入れることに。

 その後、財産分与の話し合いが始まると、ユキコさんは預貯金や退職金だけでなく、トシアキさん名義のNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)口座で保有していた株式・投資信託についても、分与の対象になると主張しました。別居時点で、その評価額は約1,200万円です。

 これに納得できないトシアキさんは、弁護士に詰め寄りました。

「NISAは私の名義です! 自分のお金で、いろいろと勉強して必死に増やした資産なのに、これも分けなければいけないんですか!?」

NISAも財産分与の対象にはなる。ただし…

 財産分与とは、夫婦が婚姻生活のなかで協力して形成した財産を、離婚時に清算する制度です。

 家庭裁判所の資料では、この「婚姻生活のなかで協力して形成した財産」の範囲として、預貯金や退職金だけでなく、有価証券も挙げられています。

 従って、婚姻後の給与を原資としてトシアキさんがNISAで株式や投資信託を購入していたのであれば、夫名義であっても財産分与の対象となり得ます。

 一方、婚姻前に形成した財産や、相続・贈与で取得した財産は、一般に特有財産として対象外になると整理されています。

 そのため、「結婚前にためていた300万円で購入した」「親から相続した500万円を原資にしている」といった部分については、特有財産として除外できる可能性があるでしょう。

 もっとも、何十年も経過すると、婚前資金や相続資金と現在の投資資産とのつながりが分からなくなることもあります。そのため、取引履歴や銀行口座の入出金記録などから、どの資金を原資として形成された資産なのかを確認することが重要です。

 裁判所も、特有財産を主張する場合には「取得時期」や「取得原因」などの主張・立証を求めています。

「NISA1,200万円だから600万円」ではない

 ここでもう一つ重要なのが、財産分与の基準時です。

 財産分与では、まず「いつの時点で存在していた財産を夫婦の共有財産として清算するのか」を決めなければなりません。

 一般的には、夫婦の経済的な協力関係が終了した別居時が基準です。今回のケースであれば、6月に別居した時点で、トシアキさんがどのような株式や投資信託を保有していたのかを確認することになります。

 ただし、ここで注意したいのが、「何を分けるか」と「いくらで評価するか」は別の問題だということです。

 株式や投資信託は、別居後も価格が動き続けます。別居時に1,200万円だったNISA資産が、離婚時には1,000万円に下落していることもあれば、1,400万円へ値上がりしていることもあるでしょう。

 実務上、株式などの有価証券については、基準時に保有していた銘柄・数量を対象としつつ、価額については清算時である離婚時、訴訟であれば口頭弁論終結時の時価で評価するのが一般的です。

 ただ、別居後も夫婦の経済的な協力関係が続いていたなどの事情があれば、別の時点が基準となることもあります。

 裁判では、形式的に「別居した日」だけを見るのではなく、夫婦の経済的共同関係が実質的にいつ終了したのかを踏まえ、公平な財産分与となるよう判断するのです。

 また、基準時後に売却されている場合には、実際の売却額を基準に評価することもあります。そのため、「別居時にNISAが1,200万円あったから、その半分の600万円を渡さなければならない」という単純な話ではないのです。

退職金も「2,000万円の半分」とは限らない

 今回のような熟年離婚では、NISAと並んで退職金も大きな問題になります。トシアキさんは別居前に約2,000万円の退職金を受け取っていました。そのため、別居時を財産分与の基準時とするのであれば、その時点で存在していた退職金は、原則として財産分与を検討する際の対象になります。

 もっとも、退職金は長年の勤務に対して支給されるものであり、単に受取額を折半する、という対応は行われない可能性が高いです。例えば、結婚前から同じ会社に勤務していたのであれば、婚姻前の勤務期間に対応する部分まで夫婦が共同で形成した財産とみるのは適切ではありません。

 そのため、勤続期間と婚姻期間との関係などを踏まえ、どこまでを財産分与の対象とするのかを検討する必要があるでしょう。

 裁判所の実務でも、退職金について婚姻前からの勤務期間がある場合には、勤務開始時期などを確認して対象となる範囲を整理します。

 つまり、NISAでも退職金でも、「現在いくらあるか」だけを見て機械的に半分にするのではなく、いつ、どのように形成された財産なのかを確認することが重要なのです。