NISAに1,000万円を遺して亡くなった父

 75歳で亡くなったマサオさん(仮名)は生前、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)を利用して日本株や投資信託を長期保有していました。その額はおよそ1,000万円。相続人は、長男のトシカズさん(仮名・49歳)と長女のトシコさん(仮名・46歳)の2人です。

 トシカズさんは、自身もNISAを利用していたことから「自分のNISA口座へそのまま移せばよい」と考えていたといいます。父が長年保有してきた銘柄でもあり、できれば売却せず、そのまま持ち続けたいという希望もありました。

 一方、投資経験の少ないトシコさんは、「相続後も値下がりする可能性があるなら、いったん売って現金で半分ずつにしたい」と主張します。

 ところが証券会社へ確認すると、マサオさんのNISA口座をトシカズさんがそのまま承継することはできず、相続した株式などをトシカズさん自身のNISA口座へ直接移すこともできないことが分かりました。

 そのうえ、遺産分割がまとまるまでにも株価は動きます。「父の死亡時には1,000万円だった」、「今は900万円しかない」、「売らずに持っていれば戻るかもしれない」、兄妹の議論は次第に感情的になります。

「NISA」は相続できない?

 ここで重要なのは、NISA口座と、その中に入っている株式・投資信託を分けて考えることです。

 日本証券業協会によると、NISA口座を開設していた人が亡くなった場合、相続人は死亡を知った後、遅滞なく「非課税口座開設者死亡届出書」を証券会社へ提出しなければなりません。

 また、死亡日から届出までの間にNISA口座で支払われた配当金などについては、さかのぼって課税対象となります。

「NISAなのに税金かかるの!?」と驚かれるかもしれませんが、NISA口座はあくまでも被相続人にひも付いた制度であるため、当人が死亡した時点で「非課税」の恩恵は受けられなくなるのです。

「NISAからNISAへ」は制度上不可能

 そして、亡くなった人のNISA口座で保有していた上場株式などは、相続人のNISA口座へそのまま移すことはできません。

 まず、相続した株式などは、相続人の特定口座または一般口座で受け入れることになります。また特定口座へ移す場合には、被相続人と相続人の口座が同じ証券会社にあることなどの条件もあります。

 つまり、「父のNISA」⇒「長男のNISA」と非課税枠ごと承継できる制度ではないのです。

 さらに、NISA口座から相続によって払い出された上場株式などについては、原則として相続開始日の終値に相当する金額が相続人側の取得価額になります。

 例えば、被相続人が100万円で購入した株式が、相続発生時点で300万円に値上がりしていたとしましょう。すると、相続人側は原則300万円で取得したものとして扱われるのです。

金融資産の相続でもめる大きな要因

 マサオさんのケースで兄妹がもめた本当の原因は、NISA口座の制度だけではありません。「父が亡くなった後、この金融資産をどうするのか」が決まっていなかったことも大きな原因です。

 株式や投資信託は、預貯金と違い、相続手続きをしている間にも価格が変動します。トシカズさんが株式を取得し、その代わりにトシコさんへ現金を支払うのであれば、「いつの価格を基準に金額を計算するのか」が問題です。

 逆に、全部売却して現金で分けるのであれば、「いつ売却するのか」「売却までに値下がりした場合、そのリスクをどう負担するのか」という問題が生じます。

 死亡時に1,000万円だった株式などが、実際に分割するときには800万円になっているかもしれません。反対に1,200万円へ値上がりする可能性もあります。

 NISAの相続では、「税金がどうなるか」だけでなく、相続人のうち誰が価格変動のリスクを負うのかまで考えておく必要があるのです。

シニア投資家が意識しておきたい「出口戦略」

 では、NISAを利用している人は、生前に何を準備しておけばよいのでしょうか。

 まず重要なのは、家族がNISA口座の存在を把握できるようにすることです。

「〇〇証券にNISA口座がある」という程度の情報は、エンディングノートなどに残しておくとよいでしょう。IDやパスワードそのものを家族に渡しておく必要はありません。

 次に、株式や投資信託を誰に相続させたいのか、現物のまま残したいのか、売却して現金で分けても構わないのかを考えておきます。また遺言を作成する場合にも、「預貯金は長男へ」といった書き方だけではなく、証券口座内の株式や投資信託まで含め、財産の範囲を明確にしておくことが重要です。

 なお相続人側も、本人が亡くなった後にNISA口座をそのまま放置せず、早めに証券会社へ連絡して必要な手続きを進める必要があります。

 NISAは、「非課税で資産を育てる制度」ではありますが、「育てた資産を家族へどう渡すか」まで自動的に決めてくれる制度ではありません。

 資産形成を考えるのであれば、「いくら増やすか」だけではなく、最後に「誰へ、どのような形で渡すのか」まで考える。NISAの利用者が増えているいま、相続まで含めた「出口」の設計も、資産運用の重要な一部といえるでしょう。

※本稿の事例は実際の事件を基にしていますが、守秘義務およびプライバシー保護のため、登場人物は全て仮名とし、人物関係、年齢、財産額その他の事情を一部変更しています。