TSMC日本進出を確信した日

「当社にとって、(半導体の)安定調達は大変重要。(また、)一般論として、半導体の安定調達は日本の国際競争力維持のためにも大事なこと──。」(ソニーグループの会長兼社長CEOだった吉田憲一郎氏)

 今からさかのぼること5年前の2021年5月、ソニーグループ(6758)(以下ソニー)の経営方針説明会でのこと。同日の日刊工業新聞によるタイワン・セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC:TSM)とソニーが合弁で熊本県に半導体の新工場を建設するとの報道について、会場の記者による質問がありました。

 吉田憲一郎会長(当時CEO)は第一声として、「コメントは差し控える」としました。その上で、上記のようなコメントを続けました。

 このコメントは、記者経験を持つ人であれば驚くでしょう。たいていの場合、「コメントは差し控える」「当社として決まった事実はない」などが常とう句。ところが、吉田氏は「コメントは差し控える」と言いながらも、その後に「ソニーにとって大変重要」、一般論とはいえ、「日本においても大事」とまで踏み込んだのです。

 また、吉田氏がTSMCの日本進出について、ここまで前向きな見解を示したことで、「この報道の確度は高い」とも解釈されます。実際、日本経済新聞やブルームバーグなどが、吉田会長の踏み込んだコメントを報道しました。

 実はそれまで、一部の有識者から、TSMCの日本進出は「ありえない」と評されていました。この日を境にムードは徐々に変化していき、そして、その年の10月に、TSMCはソニーやデンソー(6902)との共同出資の下、熊本県菊陽町での工場新設を発表しました。

九州が選ばれた理由

 そもそも、TSMCはなぜ九州の地を選んだのでしょうか。豊富な土地、半導体製造に欠かせない水という資源、全国平均と比べて比較的低い電気料金。さらには品質や納期の管理に対する意識の高い労働者の存在、そして台湾からの地理的な近さ…それらはとても重要な要因です。

 もう一つ大きな理由がソニーの存在です。TSMCが製造している半導体のユーザー企業の1社がソニーなのです。

 ソニーといえば、「国宝」などの映画、「鬼滅の刃」などのアニメ、米津玄師やYOASOBIなどの音楽、そして「PlayStation」に代表されるゲームなどエンタメ領域が目覚ましい成長を遂げています。

 一方、世間的にはそこまで認知されていないものの、スマホのカメラやデジカメに使われる半導体の「イメージセンサー」も手がけています。ソニー製の世界シェア(金額ベース)は約5割と、ダントツ首位。実際、あなたがお持ちのスマホにもソニー製イメージセンサーが採用されている確率が高いでしょう。

 このイメージセンサーは、画像処理用プロセッサ(ロジック)という半導体を貼り合わせて使用します。イメージセンサーはソニーが自ら製造する一方、プロセッサの大半はTSMCから調達しています。

 スマホ1台当たりのカメラ搭載数が増える「複眼化」にも後押しされ、イメージセンサーの需要が2010年代から一貫して伸びてきました。ただし、プロセッサの調達不足という課題に直面しました。

 特に地政学的リスクが増す中で海外からの調達依存が深まる状況で、近隣で生産されるプロセッサを調達できれば、ソニーにとっての調達リスクは大きく軽減されます。これが、冒頭の吉田会長のコメントに込められた意味です。

 実際、TSMCにソニーやデンソー、トヨタ自動車(7203)が出資している合弁企業JASM(Japanese Advanced Semiconductor Manufacturing)の第一工場は、熊本県菊陽町内にあるソニーのイメージセンサー工場から「窓からお互いが見える」(関係者)近さの場所に建設されました。

シリコンアイランドの崩壊危機とソニーの奮闘

 ここで、いったん産業史に立ち返ります。九州の半導体産業史は、日本の半導体産業の縮図そのもの。1960年代後半から九州で工場が立ち始め、1980年代に日の丸半導体が隆盛を極めた時代に、九州は「シリコンアイランド」の称号を得ました。

 しかし、その勢いは長くは続かず、1990年代に入ると日米貿易摩擦に伴う不平等条約も相まって勢いは失われ、2000年代にITバブル崩壊とリーマンショックによってNEC(日本電気:6701)や富士通(6702)、東芝、パナソニックホールディングス(6752)などが相次ぎ九州にある拠点から撤退。シリコンアイランドは崩壊の危機を迎えました。

 そんな状況で、孤軍奮闘したのがソニーでした。

「PlayStation 3」向けに東芝などと共同開発したCPU「Cell」の手痛い失敗によって一度は沈むものの、2010年代に入るとイメージセンサーの需要が急増。ソニーは捲土重来を期して、熊本県のほか、長崎県の工場(2011年度に東芝から買い戻し)で、投資に次ぐ投資を行い、急成長を遂げました。

 かつてのDRAMと呼ばれるメモリから、デジカメやスマホの目であるイメージセンサーへと半導体の種類を転換しながら、九州の半導体産業は再び成長の糸口をつかみ、2020年代にTSMCの進出によって次の展開を迎えています。それが「新生シリコンアイランド」になるまでのストーリーなのです。