
安田善次郎ってどんな人?
安田善次郎は1838年、現在の富山県富山市に生まれました。みずほフィナンシャルグループにつながる安田銀行をはじめ、多くの金融事業を手がけ、一代で安田財閥を築きあげた人物です。後に「銀行王」と呼ばれるほどの大富豪となりました。
そんな安田善次郎ですが、もともと裕福な家に生まれたわけではありません。富山の半農半商の家に生まれ、17歳で江戸に出て、奉公人として働き始めます。その後、両替商として独立し、コツコツと事業を大きくしていきました。
巨万の富を築いた人物と聞くと、豪邸に住み、ぜいたくな暮らしをしていたのではないかと思ってしまいます。しかし、安田善次郎の暮らしぶりは正反対でした。安田善次郎が何より大切にしていたのが「勤倹貯蓄」。
一生懸命働き、無駄なものにはお金を使わない。そして、稼いだお金の一部をきちんとためる。この誰でもできる地味で、当たり前のことを大富豪になったあとも一生涯続けたところに安田善次郎のすごさがあります。
勤倹貯蓄を一生の習慣にする
安田善次郎が生涯大切にしていた「勤倹貯蓄」ですが、その意味は以下の通りです。
- 「勤」:一生懸命働くこと
- 「倹」:無駄を省くこと
- 「貯蓄」:お金を蓄えること
安田善次郎はこの三つを特別なこととしてではなく、一生続ける習慣にすることを大切にしていました。多くの人は収入が増えるとその分支出も増え、貯蓄がなかなかできないものです。しかし、安田善次郎は丁稚奉公の時代から晩年にいたるまで、事業が大きくなり、ばく大な資産を築いたあとでもぜいたくに流れることなく、同じ生活態度を守り続けたといわれています。
収入の2割を貯蓄する
安田善次郎の「勤倹貯蓄」には、具体的な目安がありました。それは「収入の2割を貯蓄に回す」というものです。収入がいくらであろうとも、最初に2割を貯蓄すると決めてしまうところがポイントです。
家計管理でよくあるつまずきは「余ったらためる」という順番にしていることです。これでは、余る月もあれば余らない月もあり、なかなか貯蓄が進みません。ですが、先に2割を取り分けて、残りの8割で生活を組み立てるという順番にしていれば、確実にたまる家計をつくることができます。
この先取り貯蓄術を100年以上前に実践していたのが安田善次郎です。人に何を言われようが、生活が苦しくなろうが、この2割貯蓄を徹底していたそうです。
無駄を省くのは、使いたいところに使うため
安田善次郎というと、「大変なケチだった」というイメージを持っている人もいるかもしれません。実際、日常生活では非常に倹約家だったことで知られています。
しかし、安田善次郎の倹約は単なる「ケチ」とは違います。何でもかんでもお金を使わなかったわけではありません。無駄なお金は徹底して使わない一方で、必要だと判断したものには大きなお金を使いました。その象徴ともいえるのが、東京大学の「安田講堂」です。
安田善次郎は、教育や社会のために多額の寄付を行いました。日常生活では小さなお金まで大切にしながら、価値があると思ったことには大きなお金を出したのです。
節約や倹約は我慢することではなく、無駄を省くことです。それは人生から楽しみをなくすことではありません。どうでもいい支出を減らすからこそ、本当に使うべきときに思い切ってお金を使えるようになるでしょう。
他人ではなく「わが家の軸」でお金を使う
現代の家計管理において、私たちが最も翻弄(ほんろう)されがちなのが、「他人との比較」なのではないでしょうか。スマートフォンを開けば、SNSには友人の華やかな旅行の写真や、最新の家電、おしゃれな洋服が毎日のように流れてきます。
「みんなこれを持っているから、私も買わなきゃ」「あの人はこんなに豊かな生活をしているのに、うちは……」と、他人の物差しで自分の家計を測ってしまいがちです。
これは今も昔も変わらない人間の性なのかもしれません。安田善次郎は世間の評価や他人の目を一切気にしない、圧倒的な「自分軸」の生き方をするということを貫いていました。
「ただ自分が行ってきたのは、他人がぜいたくをし、栄華を極めるときに、私はそのまねをせず、淡々と馬鹿正直に、真面目にやるということである」と安田善次郎は著書の中で述べています。他人がどうしているかではなく、わが家がどんな未来に向かいたいのか。その軸さえブレなければ、無駄な見栄でお金が消えていくこともなくなりますよ。