中東情勢の動向などを背景に原油相場は目下、「戦時下のレンジ」で推移しています。停戦協議は歴史を変えるには至らず、輸送リスクも依然として残っています。一方、戦争への懸念を上回る期待が先行し、株価指数は高止まりしています。戦争のきっかけを探り、原油相場の長期的な見通しを展望します。
「戦時下のレンジ」を維持する原油相場
図1のとおり、2026年2月28日に中東情勢が急速に悪化して以降、NY原油先物価格は90ドルを挟んだプラスマイナス20ドル程度の範囲(レンジ)で推移しています。
図1:NY原油先物価格(2026年 中心限月 日次平均) 単位:ドル/バレル
上昇して110ドルに接近すると、米国経済へのマイナス要因の側面を持つ「米国の利上げ確率の上昇」、広範囲の素材・輸送コストの上昇による「世界経済の悪化懸念」などが上値を抑えます。
下落して70ドルに接近すると、米国経済へのプラス要因の側面を持つ「米国の利上げ確率の低下」、情勢悪化直後の水準に達したことによる中東リスクの再認識拡大、などが下値を支える一因になり得ます。
その他、米国の原油在庫(戦略備蓄)が急減していること、将来的にホルムズ海峡を航行できるようになった場合に航行コストが増加する懸念があること、主要産油国が今年11月の会合で協調減産を継続する可能性があることなども、下値を支えていると考えられます。
これが、中東情勢の悪化直後から続く「戦時下のレンジ」が形成されている背景です。図2は、長期視点のNY原油先物価格の推移です。この戦時下のレンジは、長期視点の高値水準にあたります。
図2:NY原油先物価格(中心限月 月間平均) 単位:ドル/バレル
戦時下のレンジが続くことは、原油相場が長期視点で高止まりすることを意味します。筆者は、中東情勢を鎮静化させることは大変に困難であるため、当面、このレンジで推移すると考えています。
やはり60日間で歴史を変えられなかった
図3のとおり、2026年6月、米国とイランは戦闘終結に向けた協議を開始するための覚書に署名しました。
図3:米国・イランの覚書について(6月に署名、7月実質的に破棄)
この覚書は、トランプ米大統領、バンス米副大統領、イランのガリバフ国会議長が署名し、60日間で、恒久的な停戦や安全保障、核問題、経済制裁などについて協議し、最終合意を目指すという内容でした。
イラン革命(1970年代後半)後、およそ半世紀にわたり対立を続けてきた両国が交渉のテーブルについたことは大きな前進であり、市場でも「中東情勢は劇的に改善するのではないか」との期待が広がりました。この動きが、原油相場を一時、戦時下のレンジの下限である70ドル弱まで押し下げました。
しかし、この60日間で歴史を大きく変えることはできませんでした。二国間だけで完結する問題ではないためです。核開発、安全保障、経済制裁、宗派対立、中東の周辺国との関係、さらにはイランが影響力を持つとされる武装組織の存在、イランに影響力を持つとされる非西側諸国の存在など、多くの課題が複雑に絡み合っています。
一度、署名が破棄されたことは、今後の交渉をより難しくしたといえます。双方が今まで以上に疑心暗鬼になり、仲介国があったとしても、交渉のテーブルに着くことを拒む可能性が高まったためです。
図4は、2026年下半期の原油相場を左右する主な要因を整理した資料です。当初、多くの市場関係者は、60日間の協議が順調に進めば、中東情勢の鎮静化によって原油相場は急落すると考えていました。しかし、この前提が崩れ、逆に反発色を強めています。
また、短期的な原油相場の反落を受けた利上げ確率の低下、米中間選挙を前にしたトランプ大統領からの「予防的利下げ」の発言が出ることへの思惑など、株高・原油高の図式が強める観測が浮上しています。
図4:2026年下半期の原油相場の動向を占う重要な要素
さらには、中東情勢の再悪化(ホルムズ海峡、バブ・エル・マンデブ海峡の、二つの海峡の同時封鎖懸念)、中東の代替として機能している米国における原油在庫(戦略備蓄)急減、石油輸出国機構(OPEC)プラスによる協調減産の継続観測など、供給面を引き締める材料も存在しています。
中東産原油の輸出をさまたげる国・組織
中東情勢において、イスラエルとイランの二国間の対立は重要なテーマですが、これらの対立だけが同情勢を左右するテーマではありません。図5が示すように、イランと関係が深いとされる複数のイスラム武装組織が中東の各地で活動しています。こうした武装勢力の動向は、足元の中東情勢を考える上で、大変に重要です。
図5:イランが支援しているとされるイスラム武装組織
レバノンのヒズボラ、パレスチナ自治区ガザ地区のハマス、イエメンのフーシ派は、イスラエルと対立しています。いずれも、イスラエルに対し、軍事的な攻撃を行っています。また、これらの組織の存在が原油市場に与える影響は、「輸送能力」を大きく左右し得る点にあります。
中東産原油のほとんどは、タンカーに積載し、海を渡って輸送されます。このため、ホルムズ海峡やバブ・エル・マンデブ海峡などの海上交通の要衝を安全に通航できなければ、世界各国へ原油を届けることができません。
ホルムズ海峡を実質的に支配しているとされるイラン革命防衛隊は、米国との交渉を注視しています。交渉のきっかけや内容次第で、自国が望む核開発の推進を否定するイスラエルの軍事的な動きが活発化する可能性があるためです。
自国の安全保障という名目で核開発を続けたいイランと、対立する国(イラン)の軍備拡大を阻止したいイスラエルの思惑は、米国とイランが交渉を再開することを難しくしています。
このことは、ひいては、ホルムズ海峡の自由な航行を実現することを難しくしているといえます。イラン革命以降に拡大したイスラエルとイランの間のわだかまりを解かなければ、一連の問題は解決できないでしょう。(数十日で解決できる問題ではない)
図6は、主要な海上交通の要衝を通過したタンカーの推移を示しています。2026年3月を機に、ホルムズ海峡を通過したタンカーの数が激減したこと、6月にやや回復したものの、再び減少したことなどが分かります。
図6:主要な海上の要衝を通過したタンカーの数(21日間平均 26年7月23日まで) 単位:隻
それに加え、2023年10月のハマスによるイスラエル奇襲後、フーシ派が紅海周辺で商船への攻撃を繰り返した影響を受け、バブ・エル・マンデブ海峡を通過したタンカーの数が大きく減少したことも分かります。(図内の赤い矢印)
中東の武装組織による活動は、世界のエネルギー供給網を左右する大きなリスクです。原油市場が「戦時下のレンジ」から抜け出せない背景には、こうした輸送リスクが依然として解消されていないことが一因に挙げられると、考えられます。
原油相場、当面は「戦時下のレンジ」で推移
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