2026年のサッカーワールドカップは、48カ国が参加する史上最大規模の大会です。開催国や参加国、スポンサー企業などを自由民主主義指数の視点から分析し、世界の分断や価値観の多様化が進む現状を再確認します。その上で、世界構造の変化が中央銀行の金保有動向、金相場の長期視点の動向にどのような影響を与えるのかを考察します。
民主主義後退とサッカーワールドカップ
図1は、世界各国の自由民主主義指数を示しています。青が濃いほど民主主義や自由の度合いが高く、薄いほど低いことを表しています。この図でまず注目したいのは、世界人口の約77%が自由民主主義指数0.4以下の国々で暮らしている一方、0.6以上の民主主義国に住む人口は約17%にとどまる点です。
図1:自由民主主義指数(2024年)
日本で暮らしていると、世界は民主主義と自由を求めて動いているように感じてしまいますが、人口という視点で見ると、実際には民主主義が十分に機能していない国や地域で暮らす人々の方が圧倒的に多いことが分かります。
世界経済や国際政治を考える上では、「どの国が豊かか」だけでなく、「どれだけの人々がどのような政治体制の下で生活しているか」を把握することが重要です。
図2は、自由民主主義指数の長期推移です。第2次世界大戦後や冷戦終結後は民主化が進み、同指数は大きく上昇しました。しかし、その流れは2010年ごろを境に転換し、現在まで低下傾向が続いています。
図2:世界の自由民主主義指数(人口加重平均)
2025年の指数は0.273となり、冷戦期に近い水準まで低下しています。民主化が世界全体の共通目標として進展した時代から、価値観や政治体制が多様化する時代へ移行したことを、この図は示していると言えます。
この2010年というタイミングは、サッカーワールドカップとの関係でも象徴的です。2010年大会は南アフリカで初めて開催され、その後、2014年はブラジル、2018年はロシア、2022年はカタール、そして2026年は米国・カナダ・メキシコの3カ国共催となりました。
2030年はポルトガルとスペインという欧州の西、そして地中海を挟んだ北アフリカのモロッコを中心に開催されます。
開催地の広がりは、サッカー人気の世界的拡大を示すだけではありません。世界経済の重心が新興国へ移りはじめ、多様な政治・経済・文化を持つ国々が国際社会で存在感を高めてきた流れとも重なります。
2026年ワールドカップは、参加国数が48に拡大し、史上最大規模で開催されています。これはまさに、世界の多様性を象徴するイベントである一方、現在の世界が民主主義の拡大一辺倒ではなく、多様な価値観が併存する時代に入ったことも映し出しています。
一方で、この多様化は、世界の安定性という観点では新たな課題も生み出しています。価値観や政治体制が多様になることで、国家間の対立や経済安全保障への関心が高まり、市場参加者は従来以上にリスクを意識するようになりました。
本レポートでは、この「世界の多様化」という長期的な潮流が、金(ゴールド)市場の環境にどのような影響を与えるのかを、ワールドカップを切り口として考えていきます。
「統合の祭典」としてのワールドカップ
2026年サッカーワールドカップは、米国、カナダ、メキシコの3カ国共催という史上初の開催方式が採用されています。しかし、三つの開催国を自由民主主義指数という視点から見ると、それぞれが異なる特徴を持っていることが分かります。
図3は、1990年以降の開催国3カ国の自由民主主義指数の推移です。カナダは長期間にわたり0.7台半ばを維持しており、自由民主主義が安定して機能している国であることが読み取れます。
一方、米国は2000年代半ばまで高い水準を維持していましたが、その後は低下傾向が続き、2025年には0.57まで下落しています。それでも民主主義国の目安となる0.5を上回っていますが、過去と比較すれば民主主義の質が低下していることは否定できません。
さらにメキシコは2000年代前半に0.5近くまで改善したものの、その後は低下が続き、2025年には0.22となっています。
図3:2026年サッカーワールドカップ開催国の自由民主主義指数の推移
この三つの国を並べると、今回の開催地そのものが現在の世界を象徴しているようにも見えます。民主主義が安定している国、民主主義が後退しつつある国、民主主義の定着に課題を抱える国が、一つの大会を共同で運営します。
2026年大会は、単なる北中米大会ではなく、多様な政治・社会環境を持つ国々が協力して開催する世界的イベントという意味も持っていると言えるでしょう。
図4は、2026年大会の参加48カ国を、自由民主主義指数0.5以上の「西側」と、0.5未満の「非西側」に分類したものです。その結果、西側は28カ国、非西側は19カ国となりました。(キュラソーはV-Dem研究所のデータにありません。イングランドとスコットランドは英国のデータを参照。)
従来のワールドカップは欧州や南米の強豪国が中心という印象がありましたが、参加国を政治体制という視点から整理すると、民主主義や自由度の成熟度合が異なる国々が数多く出場する大会であることが分かります。
さらには、非西側に分類される国々には、中東、アフリカ、アジア、中南米など、近年世界経済における存在感を高めている地域が数多く含まれています。
図4:2026年サッカーワールドカップ参加国の自由民主主義指数(2025年)による分類
こうした変化は、世界経済の構造変化とも重なります。経済成長の重心が先進国から新興国へ広がる一方で、政治体制や価値観の違いは以前よりも鮮明になっています。その結果、経済的な合理性だけでは説明できない政策や外交判断が増え、市場では地政学的なリスクや経済安全保障への関心が高まっています。
2026年ワールドカップは、世界中の人々が一つの大会を共有する「統合」の祭典である一方、その参加国や開催国を詳しく見ると、政治体制や価値観は以前にも増して多様化していることが分かります。
世界の「分断と共存」を映す側面もある
図5は、2026年サッカーワールドカップの対戦カードを、各国の自由民主主義指数を基準に分類したものです。7月6日まで、「西側」同士の対戦が30試合、「西側」と「非西側」の対戦が50試合、「非西側」同士の対戦が9試合ありました。
最も多かった対戦カードは、西側と非西側が対戦したカードでした。ワールドカップが、異なる価値観や政治体制を持つ国々が直接競い合う場となっていることが分かります。この点は、ワールドカップの各対戦カードが、「国同士」の戦いの様相を呈しやすい背景の一つである、と言えます。
図5:2026年大会参加国の対戦状況と自由民主主義指数(2025年)による分類
もちろん、サッカーは政治とは切り離して考えるべきスポーツです。しかし、参加国の顔ぶれを見ると、民主主義が成熟した国だけで大会が構成されていません。
経済発展の段階や政治体制、文化的背景が異なる国々が同じルールの下で競い合うことこそが、現在のワールドカップの特徴と言えます。世界が多様化する中で、スポーツは異なる価値観を持つ国々を結び付ける数少ない国際舞台となっていると言えるでしょう。
その傾向は、大会を支えるスポンサー企業にも表れています。図6は、FIFAパートナーおよび2026年大会スポンサー企業を、本社所在地の自由民主主義指数によって分類したものです。
図6:FIFAパートナー・2026年大会スポンサーの自由民主主義指数(2025年)による分類
西側には米国、英国、韓国、ドイツ、ベルギーの企業が並び、マクドナルド、コカ・コーラ、アディダス、ヒョンデ、ABインベブなど、世界的なブランドが名を連ねています。
一方、非西側には中国、サウジアラビア、UAE、カタールの企業が含まれ、ハイセンス、蒙牛乳業(メンニウ)、レノボ、サウジアラムコ、カタール航空、ADIプレディクトストリートなどがスポンサーとなっています。
かつて国際スポーツ大会のスポンサーは欧米や日本の企業が中心でした。しかし近年は、中国や中東企業の存在感が急速に高まっています。これはスポンサー構成の変化にとどまらず、世界経済における資本や消費市場の重心が広がっていることを反映しています。
企業は政治体制の違いを超えて世界市場を獲得する必要があり、FIFAもまた、多様な地域の企業と連携することで大会の価値を高めていると言えるでしょう。
現在のワールドカップは、「西側」と「非西側」、双方がルールにのっとった上で競技を行い、それらを通じて大会全体を協力して作り上げる場になっていると言えます。
ワールドカップは世界の一体感を象徴する祭典ですが、その舞台裏では、特に2010年ごろ以降、多様な価値観や経済圏が共存する新しい世界秩序が形成されています。金(ゴールド)の長期的な需要を考える上では、この「分断と共存」という世界の構造変化を理解することが欠かせないでしょう。
2026年W杯が映す世界と金(ゴールド)の長期展望
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