リーマンショックで仕事も資産も減少。それでも投資は続く

トウシル:台湾での生活は順調に見えますが、その後、日本へ帰国されています。理由は何だったのでしょう。

Rickyさん:長男が1歳を過ぎた頃の話です。少しずつ言葉を話し始めたのですが、日本語と中国語の単語が混ざっていたため、今後の教育方針を考えるようになりました。

 また長男は当時、日本国籍と台湾国籍の両方を持っていましたが、男の子が台湾国籍を維持すると、将来、兵役の義務が発生します。これらの問題を踏まえて家族で何度も話し合いを重ねました。その結果、最終的には日本国籍を選び、日本でしっかり日本語の教育を受けさせようと決め、2007年に家族で日本へ帰国しました。

トウシル:日本から台湾、そして日本と、生活環境が再び大きく変わりました。帰国後の生活は順調でしたか?

Rickyさん:それがまったく順調ではなかったんですよ。楽観的な気持ちで戻ってきたのですが、家族を養うために必要な給料が手に入る職場がなかなか見つからなかったんです。妻はまだ日本語が十分ではなく、子どもも小さいため、自分が主力で稼がなければいけません。

 そこで、台湾で身につけた語学力を生かし、中国語の通訳・翻訳の仕事を個人で請け負うようになりました。紹介でお客さまは増えていきましたが、収入は不安定です。来月も同じ仕事がある保証はないという重圧は大きかったですね。

落ち着いた丁寧な物腰と口調で語るRickyさん
元ホテルマンらしい、落ち着いた丁寧な物腰と口調。ただしその半生は想像もできない波瀾万丈ぶり。幾多の苦難にへこたれず経験値に変えてきた生き方が、投資手法にも表れている。

トウシル:苦難の船出ですね。さらに2007年に帰国となると、直後に…?

Rickyさん:そうなんですよ。2008年にリーマンショックが起こり、通訳を依頼してくれていた貿易関係や製造業のお客さまが一気にいなくなりました。また、この時期には仕事が消えただけでなく、保有していた株式の資産も500万円以上減ったと思います。

 当時の資産額からみれば、500万円は非常に大きな金額です。さらに、リーマンショックの2カ月後くらいに次男が生まれました。人生でお金が必要な時期に、仕事も資産も大きな打撃を受けたわけです。

トウシル:おお…苦難は重なるものですね…。

Rickyさん:また台湾に戻れば日本語教師として生きていける、という選択肢は頭の片隅にありました。ただ、子どもたちの将来を考えると、日本で踏ん張るしかありません。

 さらに2011年には東日本大震災が起き、台湾からのお客さまが日本に来なくなってしまいました。何とか持ちこたえても、また次の試練が来る。そんな時期でした。

多忙なホテル勤務が増配株を持ち続ける力になる

トウシル:震災後も通訳の仕事を続けられたのでしょうか?

Rickyさん:いえ、子どもたちが幼稚園に入る頃になると、フリーランスの不安定な収入だけでは厳しいと感じるようになりましたので、就職活動を始めました。このときに入社したのは、探した中では給料が比較的良く、語学も生かせる大手ホテルです。

 ただ、実際に働いてみると大変でしたね。年収は300万円台、40代に入ってやっと年収400万円と、給料は決して高い方ではありません。しかも私は35歳くらいで入ったのですが、年齢ではなく職歴で見られるので、新人からのスタートです。体力的にもきつく、精神的な負担もありました。

トウシル:きついことが続きすぎます…。そろそろRickyさんにいいニュースは訪れないのですか…?

Rickyさん:ここで伸びてきたのが、ずっと続けてきた配当株投資です。ちょうどアベノミクスの時期です。株価が伸びた以上に増配の勢いがつき、配当収入が大きく伸びてきました。2011年ごろには、年間配当が150万円に到達しました。もともと持っていた株の増配、配当金の再投資、給料からの追加投資。この三つのエンジンで、配当を膨らませていった感覚です。

トウシル:おお、ついに! ただ、忙しいホテル勤務の中で、頻繁に売買するのは難しかったのではないでしょうか。

Rickyさん:難しかったです。日勤の日は株を見る時間がありませんし、夜勤明けは寝るしかありません。だから自然と、放置してもいい銘柄をじっくり持つという投資スタイルに移行していきました。

 結果的に、それが増配株投資とうまくかみ合ったんです。増配株は、頻繁に売買していると増配の恩恵を受けにくくなります。長く持って、配当が増えていくのを待つ投資です。忙しくて株を見られない環境が、逆に自分の投資スタイルを固めてくれたのだと思います。

トウシル:短期トレードから始まり、台湾で割安株に触れ、ホテル勤務の中で増配株投資と出会っていった。振り返ると、経験の積み重ねが今の投資法につながっているのですね。

Rickyさん:そう思います。最初から今の形を目指していたわけではありません。短期トレードもやりましたし、仕事でもいろいろありました。台湾での生活、帰国後の苦労、ホテル勤務の忙しさも含めて、結果的に今の投資スタイルにつながっているのだと思います。

トウシル:現在はFIREされているRickyさんが、どのように増配株投資で資産を築かれたのか。後編で年間804万円の配当を生んだ投資術について聞かせてください!

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配当800万円超を生んだ「成長力の強い銘柄」の選び方:増配株投資家・Rickyさんインタビュー後編