「AI GDP」という新たな経済成長概念が注目されている
米国では、ワシントンD.C.に本部を置く独立・非営利・超党派の有力シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所(PIIE)が5月13日に公表した論文「GDP統計では見えないAI経済の実像―AI経済圏をどう測るか(Where is AI in GDP statistics? Filling the measurement gap)」が注目されました。
同論文の問題意識は、「AI経済が異例のスピードで拡大しているにもかかわらず、その実像が従来の国内総生産(GDP)統計には十分に映り込んでいない」という点にあります。執筆者であるAnton Korinek氏とPatrick McKelvey氏は、AI関連の生産活動を一つのまとまった経済圏として捉え、AIが生み出す付加価値を「AI GDP」として試算する枠組みを提示しました。
PIIEは、AIの生産能力を測るため、データセンターの電力使用量、GPUなど半導体ストック、GPUレンタル価格、AI推論価格、アルゴリズム進歩などを組み合わせて推計しています。同論文によれば、米国のAI経済はすでに「統計に映りにくい成長エンジン」として急拡大。
2025年の名目AI GDPは約2,500億ドルと試算され、米国の定期旅客航空業界に匹敵する規模となっている、としています。
一方、品質調整後の実質ベースでみると、AI GDPは年率約2,600%という桁違いの伸びを示したとされます。これは、米国経済全体が年率2,600%で成長したという意味ではありません。
同じコストで利用できるAIの性能、処理能力、推論能力が、データセンターの拡大、半導体効率の向上、そしてアルゴリズムの進歩によって飛躍的に高まっていることを示す数字です。PIIEは、「品質調整済みAI生産」が2024年と2025年に年率2,000%超で拡大したと指摘。その主因として、アルゴリズム進歩の寄与が大きいと説明しています。
通常のGDP統計では、AI関連活動はクラウドサービス、ソフトウエア、データ処理、半導体、設備投資、研究開発、専門サービスなどに分散して計上されます。そのため、AIが経済全体でどれだけの生産能力や付加価値を生み出しているのかは見えにくくなります。
PIIEはこの「測定ギャップ」が放置されれば、やがて「政策ギャップ」につながると警鐘を鳴らしています。すなわち、AIの生産能力や経済的影響を正確に把握できなければ、財政・税制、労働市場、産業政策、金融政策における判断が後手に回るリスクがあるということです。
同論文が提案するAI専用の「サテライト勘定」は、AIを既存の統計分類の中に埋もれさせるのではなく、一つの成長分野として横断的に把握するための統計インフラと位置づけました。この点で、「AI GDP」という概念は、AIブームを単なるテーマ物色や一時的な技術革新ではなく、新たな経済圏の形成として捉える上で重要な視点を提供しています。
AIは、従来の半導体やインターネットと同様に生産性を高める補完技術であるだけでなく、将来的には知識労働や一部の身体労働を代替し得る技術でもあります。PIIEは、AIが人間の労働を大規模に代替する可能性を持つ初めての技術であるため、過去のデジタル技術よりも統計上の見落としが大きな意味を持つ可能性があると指摘しています。
これは、AIを「便利な道具」ではなく、生産、知識処理、企業活動、労働市場の構造を変える「第4次産業革命」の中核として位置づける見方を裏付けるものです。今後の焦点は、こうしたAIの生産能力の飛躍的な向上が、実際の企業収益、労働生産性、賃金、投資、マクロ経済成長にどこまで波及するかにあります。
現時点では、AIの能力向上は主に価格低下や性能改善として表れており、通常の名目GDPや企業売上には十分反映されていません。しかし、AIの利活用や実装が社会・企業で進み、ソフトウエア開発、調査・分析、文章作成、顧客対応、研究開発、経営判断などの業務プロセスに組み込まれると、生産性と収益性を押し上げる効果がより明確になる可能性があります。
「AI GDP」という新たな概念は、AI相場を単なる期待先行のブームではなく、長期的な成長力を支える新しい経済基盤として評価するための重要な要因となりそうです。
一方でAIの進化には副作用も不安視されています。生成AIを悪用したサイバー攻撃の高度化、AIによる雇用代替やリストラへの懸念、さらにAIの兵器化・軍事利用をめぐる安全保障上の不透明感は、今後の成長シナリオに影を落とすリスク要因です。
AI革命を持続的な経済成長と企業価値向上につなげるには、技術革新の加速だけでなく、安全性、雇用、倫理、規制をめぐるルール整備が不可欠です。AI業界自身の自主的なガバナンスに加え、政治・行政による適切な制度設計が求められる局面に入っているといえます。
1-3月期の好決算を受け、米国企業の業績見通しがギアアップ
米国政府も、AIを国家戦略の中核に据えています。トランプ米大統領は2025年1月の大統領令で、米国がAI分野で世界的優位を維持・強化する方針を明確にしました。
実際、同年7月に公表された「America’s AI Action Plan(AI行動計画)」では、イノベーションの加速、AIインフラの構築、安全保障分野での利活用を三本柱に掲げました。これは、「米国をAI革命の首都にする」との国家的宣言であり、民間企業による技術革新と設備投資を政策面から後押しするものといえます。
なお、2026年1-3月期の決算発表は、5月29日時点で、前年同期比29.3%増益と大きく上振れ、大手テック企業や半導体企業を中心に好業績を印象付けました。これを受け、アナリストによる2026年以降の業績見通しも上方修正されています。
図表4は、S&P500ベースの暦年1株当たり利益(EPS)実績と、2026年から2028年にかけての市場予想平均EPS(ボトムアップ予想平均)を示したものです。ロンドン証券取引所グループ(LSEG)が5月15日に公表した予想平均EPSは、2026、2027、2028年のいずれも4月時点から上方修正。
2026年は前年比23.9%増益、2027年は同15.4%増益、2028年も同12.4%増益と、二桁台の増益が続き、企業利益は最高益を更新し続ける見込みです。
さらに、4-6月期以降の決算やガイダンスの発表次第で、利益見通しがさらに上振れする可能性があります。最近のナスダック主導の米国株式の強気相場が、AI関連需要の拡大とその利活用による企業業績の上方修正期待に支えられた「Earnings-driven market(業績主導相場)」と呼ばれているゆえんです。
図表4:S&P500ベースの予想平均EPSは上方修正傾向にある
こうした業績見通しを踏まえると、想定株価収益率(PER)を20~21倍とすれば、2027年の予想EPSを織り込むS&P500の2026年末時点の目標レンジとして「7,755~8,143ポイント」が浮上してきます(予想EPS×想定PER)。
とはいえ、目先はイラン情勢、原油高、予想インフレ率の上昇、利下げ期待の後退を受けて債券市場金利が上昇傾向で、一時的に株式市場がバリュエーション調整に巻き込まれる懸念はあります。
リスクフリーレートと呼ばれる債券市場金利の上昇は、将来の利益成長の総和を割り引いて現在価値(フェアバリュー)を試算する上での「割引率」に影響を与え、グロース株やテック株のフェアバリューに下方圧力を与える可能性があり留意が必要です。
また、中間選挙の年は11月初めの中間選挙を控えて、株価が夏場から秋にかけて低調を余儀なくされた平均的傾向も見られました。
こうした中、中長期の資産形成では短期的な需給波乱に一喜一憂せず、AI革命がけん引する米国市場、とりわけナスダックに象徴される成長企業群を軸とするS&P500に時間分散投資していく姿勢が肝要だと思います。
今後も中間反落は幾度も繰り返されるでしょう。ただ、AIが経済全体の付加価値を押し上げ、企業の利益成長に沿って株価が上昇していくメインシナリオが維持される可能性が高いと考えています。
世界最大の資本市場はAI革命を中核とするイノベーションの受け皿として評価され続けるでしょう。時間を味方につけ、米国株式に長期分散投資を続けることが、「第4次産業革命」時代における資産形成のエンジンになり得ると考えています。




















































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