政府想定より多い「日本の原油消費量」

トウシル:日本の原油備蓄は十分ですか?

岩瀬氏:日本の原油備蓄が「本当に十分か?」という問いに対しては、現状の公開データだけでは「よく分からない」というのが正直なところです。

 ホルムズ海峡の事実上の封鎖が始まった3月2日、高市早苗首相は「日本には254日分の石油備蓄がある」と発言しましたが、これは経産省が発表しているデータに基づいたものです。

 ただし、この計算の前提条件となる「消費量」に疑問符が付きます。「254日分の石油備蓄」という発言ベースとなった、2025年12月末時点のデータを基に検証していきます。

 経産省が備蓄日数を算出する際に用いている日量消費量は、約180万バレル/日と想定されます。

 しかし、私が参照しているBP統計集(現:エナジー・インスティテュート統計集)などのデータを見ると、2024年の日本の石油消費量は約320万バレル/日です。2025年の石油消費量はまだ公開されていませんが、2024年から大きな変動はないものと仮定します。

 仮に、実際の消費量を約180万バレル/日ではなく320万バレル/日とすると、備蓄日数は単純計算で143日となり、発表されている日数から大幅に短くなります。

 詳しくは後述しますが、「民間備蓄」には、通常の操業に必要なランニングストックが少なくとも45日分は含まれているはずです。これを考慮すると、備蓄日数はさらに減少し、約100日になります。

 この大きな乖離(かいり)は何に起因するのでしょうか。

 石油会社に勤務する関係者からは、「ナフサは備蓄の対象外になっているからだ」と聞きましたが本当でしょうか。

 ナフサは石油化学製品の原料として数十万バレル/日消費されています。これが備蓄の計算から除外されているとすれば、消費量が低く見積もられる原因となり得ます。

 1987年の「総合エネルギー調査会・石油審議会石油部会石油備蓄問題小委員会」の報告書では、「調達面の安定性が大きく向上している」ことを理由にナフサの備蓄撤廃が提言された経緯もあり、その可能性は高いのではないでしょうか。

 ナフサは確かに「原料」であり「燃料」ではありません。しかし、ナフサも石油製品であり、その供給が途絶えれば石油化学産業に大きな打撃を与えるため、「備蓄の対象外とすることは適切なのか」という議論は必要でしょう。

 さらにナフサが備蓄対象外だとしても、BP統計集と経産省の「石油備蓄の現況」から算出される石油消費量には大きな乖離があります。国民に「小さな安心」を与えるためにあえて大きめの数字を採用しているのかも知れませんが、「大きな安全」を犠牲にしていないのか、疑問が残ります。

過大に見積もられた民間備蓄

トウシル:なるほど。それでは石油の「備蓄」の方はどうでしょうか?

岩瀬氏:政府のデータは、実態によりも多めに見積もられている面があると考えています。

 そもそも、日本の備蓄は、「国家備蓄」「民間備蓄」「産油国共同備蓄」の3種類で構成されています。

 国家備蓄は、政府が保有する原油で、2025年12月末時点で約146日分(約4112万キロリットル)でした。これは緊急時に政府の判断で放出されるもので、比較的信頼性の高い備蓄と言えます。

 一方、民間備蓄は石油精製・販売会社が義務付けられている備蓄です。

日本の石油備蓄の状況(2025年12月末時点)

  備蓄日数(日分) 備蓄量(キロリットル)
国家備蓄 146 4112万
民間備蓄 101 2848万
共同備蓄 7 196万
合計 254 7157万
出所:資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」 注記:備蓄量は製品換算

 この民間備蓄は25年12月末時点で、101日分とされていました。しかし、この中には「ランニングストック」と呼ばれる、製油所の操業や流通網を維持するために最低限必要な在庫が含まれています。

 石油会社は通常、20日分の原油と25日分の石油製品をランニングストックとして保有しているとされています。この民間備蓄の約45日分は、日々の操業に不可欠な在庫です。緊急時であっても容易に放出できるものではありません。

 これを「備蓄」として計上し、緊急時の放出可能量に含めるのは実態と乖離している可能性があります。

 もう一つ注意すべきなのは、メディアが「民間備蓄が15日分放出」と報じても、それはあくまでも「政府が民間企業に課した備蓄義務の水準が15日分引き下げられる」という意味だということです。国家備蓄の放出とは、意味合いが全く異なります。

 企業には、将来の供給不安に備えて在庫を温存しようとするインセンティブが働きます。備蓄義務の水準を引き下げられても、政府の意図通りに企業による放出が進まない可能性も念頭に置くべきでしょう。