米国とイスラエルが2月28日に中東のイランを攻撃しました。この「イラン戦争」が勃発しておよそ1週間が経過する中で、原油を含む市場環境が急変しました。そして、インフレ(物価高)がさらに目立つ可能性が高まり、社会環境が大きく変化する兆しが見え始めました。今後、世界はどう変化するのでしょうか。
週の後半に牙をむいた原油相場
イラン戦争が勃発し、およそ1週間が経過した3月9日(日本時間午前)のニューヨーク原油先物(ウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油先物)価格は、1バレル当たり110ドル近辺に達しました。同戦争勃発直前の2月27日の終値が67ドルでした。およそ1週間で価格が50%以上も上昇しました。
図:NY原油先物(期近)週次終値 単位:ドル/バレル
図は、主要銘柄の騰落率です。2月27日の終値と3月9日(日本時間午前)を比較しています。株価指数は先物価格を参照しています。
原油相場が突出して上昇したことが分かります。また、同戦争勃発を機に価格が上昇すると目された金(ゴールド)は、下落しました。
金(ゴールド)相場が下落した理由は、「現金化」が進行したためだと、考えられます。2020年3月の新型コロナショック時にも発生した、世界を覆う強い不安心理が生じた際に起きる現金を求める動きです。ドルの複数の主要国通貨に対する強弱を意味する「ドル指数」が反発していることが、それを示しています。
こうした、金(ゴールド)とて売られる総悲観が進行し、ドルが買われ、金(ゴールド)や株価指数が売られました。銅も産業用の需要が多い貴金属も、売られました。
図:主要銘柄の騰落率(2026年2月27日終値と3月9日日本時間午前を比較)
一方で、ココアやコーヒー、小麦、トウモロコシなどの農産物の価格は上昇しました。後述しますが、原油相場が急騰したことを受けて、海上運送における運賃や保険料が上昇する懸念が浮上したことが、主な理由に挙げられます。
主要銘柄の全体的な動きを主導した原油相場の異常とも言える上昇は、3月1週目の後半から目立ち始めました。同戦争勃発直後、早期終結などへの期待が浮上していたものの、週の後半になると、イランの反撃が大変に目立つようになりました。
サウジアラビアやアラブ首長国連邦など、アラビア湾(ペルシャ湾)周辺の産油国の石油関連施設や、ホルムズ海峡を航行するタンカーへの攻撃を強めました。
そして、3月9日の日本時間の早朝、イランの次期最高指導者に前最高指導者の方針を引き継ぐ人物が据えられるとの報道があり、「売り手が売りにくい・買い手が買いにくい」状況が長期化する懸念が強まっています。
こうした流れを受け、原油相場が異常な上昇を演じました。
未曽有のホルムズ海峡「ほぼ完全封鎖」
未曽有の事象が発生しています。図は、国際通貨基金(IMF)が公表している、ホルムズ海峡を通過したタンカーの数です。イラン戦争が勃発する前と勃発した後で、大きな変化が生じたことが分かります。
図:ホルムズ海峡を通過したタンカーの数(過去5日平均) 単位:隻
この未曽有の急減は、先述の「売り手が売りにくい」「買い手が買いにくい」の同時進行によるものと、考えられます。イランが攻撃を続けていることにより、アラビア海周辺の産油国の石油関連施設の一部が稼働を停止し、「売り手が売りにくい」状態が発生しています。
同時に、イランが攻撃を続けていることにより、ホルムズ海峡を多くのタンカーが航行できなくなり、「買い手が買いにくい」状態が発生しています。売り手と買い手、双方において、大きな障害が発生しています。
そして、イランの次期最高指導者に前最高指導者の方針を引き継ぐ人物が据えられるとの報道があり、こうした「売り手が売りにくい・買い手が買いにくい」状況が長期化する懸念が強まっています。
図は、各海上交通の要衝を通過する原油・石油製品の量を示しています。ホルムズ海峡の代替になり得るのは、紅海の南端のバブ・エル・マンデブ海峡経由の輸出です。サウジアラビアの西岸に石油関連施設があり、当該施設から輸出が可能だと報じられています。
図:各海上交通の要衝を通過する原油・石油製品の量(百万バレル/日)(2024年)
ただし、取り扱うことができる量が限定的であること(同国のメインがあくまでアラビア海に面している東岸)、サウジアラビア以外の産油国の原油を扱うことができるか不透明であること、そして同海峡付近で、隣接するイエメンで活動する、イランの支援を受けているとされるイスラム武装組織「フーシ派」により、航行を妨害される可能性があること、などの懸念点があります。
ホルムズ海峡を経由しない湾岸産油国の輸出手段については、アラブ首長国連邦のドバイ付近からオマーン湾に向けたパイプラインがあるとされていますが、取り扱うことができる量が限定的であるという課題もあります。
イランが同海峡に機雷を設置した、という報道はないと思われます。このため、同海峡の完全封鎖はまだ起きていないと言えます。しかし、「売り手が売りにくい・買い手が買いにくい」状況故、航行するタンカーが激減してゼロに近い状態は、完全封鎖ではないものの、「ほぼ完全封鎖」だと言えます。
イランの態度が先鋭化している以上、まだしばらく、ホルムズ海峡の「ほぼ完全封鎖」は続く可能性があります。
120ドル超えも。今後確認したいデータ
図は、ニューヨーク原油先物(WTI原油先物)価格の日次平均株価の推移と変動要因の例を示しています。2023年年初ごろから2026年2月下旬まで、同価格は75ドルという長期視点の高値水準を中心とした、プラスマイナスおよそ20ドルのレンジ内で推移していました。
しかし、イラン戦争が勃発し、3月1週目の後半に情勢悪化が長期化する見通しが浮上したタイミングから急騰し始めました。すでに、これまでのレンジの上限である95ドルを大きく上回っています。
情勢に変化がなければ、次の節目であり、ウクライナ戦争が勃発した直後の水準である120ドルに到達する可能性があります。仮に120ドルに到達した場合、かつ情勢に変化がなければ、次の節目であり、ウクライナ戦争が勃発した直後に瞬間的に接近した130ドルを上回る可能性もあります。
図:ニューヨーク原油先物(期近)日次平均と変動要因の例 単位:ドル/バレル
ホルムズ海峡のほぼ完全封鎖、アラビア海(ペルシャ湾)周辺の産油国の供給減少、イランの体制の反米化、という現在の原油相場を急騰に導いている主に三つの材料に変化がなければ、120ドルにも130ドルにも、それ以上にもなり得ると言えます。
諸情勢の動向を確認する上で重要なことは、文字ベースの情報だけでなく、数字(データ)の情報に注目することです。図は、筆者が考える、今後、世界や日本の原油・石油製品の供給状況を確認するために注目したいデータの一例です。
IMFが公表する(1)ホルムズ海峡を航行したタンカーの数は、同海峡の封鎖・回復状況、湾岸産油国の石油施設の損害・稼働状況などを反映します。比較的短時間で情報が更新されます。(2)バブ・エル・マンデブ海峡を航行したタンカーの数は、サウジ西部の石油基地からアジアに向けて輸出が行われているかを知るヒントになり得ます。
図:今後、世界や日本の原油・石油製品の供給状況を確認するために注目したいデータ(一例)
また、(3)米国のアジア向け原油・石油製品輸出量、(4)中国のアジア向け石油製品輸出量、(5)アラビア海周辺諸国以外の産油国の原油生産量は、アラビア海周辺の産油国以外からの供給がどれだけ行われているのかを知るきっかけになります。
そして、(6)日本の原油輸入量、(7)日本の石油備蓄量については、ホルムズ海峡の封鎖状況が 輸入量と備蓄量にどのような影響を与えているかを知る手がかりになります。今後は、イランや米国・イスラエルなどの軍事行動を注視しつつ、こうしたデータに気を配り、情勢を見極めていく展開になると考えられます。
海外情勢だけでなく国内情勢にも注目
イランの次期最高指導者に前最高指導者の方針を引き継ぐ人物が据えられるとの報道がありました。このことは、まだしばらくイランの態度が先鋭化した状態が続く可能性があることを示唆しています(米国が軍事侵攻の目標の一つに掲げた、イランの体制転換は失敗に終わる可能性が高まっている)。
図は、中東産原油・天然ガスの価格上昇・供給減少が日本に与える影響を示しています。海上運送における運賃や保険料の上昇や通貨安(ここでは円安)が加わり、日本のエネルギーの輸入単価が上昇したり、エネルギーの輸入量が減少したりする可能性が高まっています。
図:中東産原油・天然ガスの価格上昇・供給減少が日本に与える影響
日本国内においては、ガソリンの小売価格が上昇したり、輸送・電力・素材のコストが上昇したりする可能性が高まっています。この流れは、日本銀行の金融政策や自民党を中心とした与党が掲げる物価高対策に、何らかの影響をもたらす可能性があります。そして、景気見通しや株価の見通しが修正されたりする可能性もあります。
日本としては、イラン戦争の激化が続いている期間は、「諸価格の上昇を吸収しつつ、備蓄を活用し、当面のエネルギーの輸入減少分を補う」という姿勢をとることが、想定されます。
ガソリンの小売価格については、図のとおり、原油の輸入単価の動きに連動する傾向があります。このため、イラン戦争の激化を受けて原油価格が高止まりしたり、現金化の影響でドル高が進行し、その結果円安が目立ったりした場合、原油輸入単価は一段と上昇し、それにつられてガソリンの小売価格も上昇する可能性があります。
図:日本のガソリン小売価格(消費税・暫定税・補助金なし推定値)と原油輸入単価(月次平均)
日本のガソリン小売価格は、消費税や暫定税、補助金を差し引くと、2023年ごろ以降、1リットル当たり140円を大きく下回らない状態が続いています(筆者推計)。この点は、イラン戦争が与える影響以外の要素です。
原油輸入単価を超える上昇を演じたり、原油輸入単価が下落してもさほど下がらなかったりしながら、140円を底値とした状態が続いています。原油を精製して石油製品を作る業者や石油製品を輸送・貯蔵する業者、ガソリンスタンドで販売する業者など、さまざまな業者が抱えるさまざまなコストが、反映されている可能性があります。
この点から、もし仮に、劇的にイラン戦争が鎮静化しても、ガソリンの小売価格が劇的に安くなるとは限らないことがうかがえます。ガソリン小売価格の動向については、イラン戦争の動向だけでなく、日本国内の石油関連の業界の動向にも目を向ける必要があるかもしれません。
今こそ、東日本大震災を思い出す
図は、日本の石油の備蓄日数と備蓄量の推移を示しています。足元の備蓄日数は254日(国家備蓄が146日、民間備蓄が101日、産油国との共同備蓄が7日の合計)です。単純計算で、日本はおよそ8カ月間分の石油の備蓄を有しています。
図:日本の石油の備蓄日数と備蓄量(年度末、2025年は12月)
40年前(1985年)と比較します。備蓄日数はこの40年間でおよそ2倍になりました(127日→254日)。一方、備蓄量はほとんど変わっていません(7,098万キロリットル→7,157万キロリットル)。
備蓄日数がおよそ2倍になり、備蓄量がほとんど変わっていないことは、日本国内のエネルギー効率がおよそ2倍になっていることを示唆しています。実際に、近年のガソリンの販売量や電力の消費量は、大きく減少していることを示すデータがあります。
参考:以前のレポート「エネルギー価格急反発!電気料金上昇に、運用で対応する方法」のグラフ「分野別の最終電力使用量」
ガソリンの販売量や電力の消費量の減少が特に目立ち始めたタイミングは、2010年代前半でした。このタイミングは、石油備蓄量の減少が目立ち始めたタイミングでもあります。石油備蓄量をある程度減らしても、日本経済が安定した状態を維持できると確信できるくらい、エネルギー効率が上昇したことの表れであると、言えます。
今から15年前の2011年3月11日に発生した東日本大震災をきっかけとして、省エネ技術が向上したり、再生可能エネルギーの普及が進んだりした影響が大変に大きいと考えられます。
可能性は低いですが、日本は1年後くらいに、未曽有の石油供給不足に直面するかもしれません。
しかし仮にそうした大きな困難に直面しても、グローバル化の名の元で築いた国際的な供給網を活用したり、東日本大震災をきっかけとして向上した省エネ技術や、普及が進んだ再生可能エネルギーを利用したりして、うまく乗り越えられると、筆者は考えています。
15年前の東日本大震災、そして15年間の歩みを今、改めて思い出す必要があると、思います。
[参考]エネルギー関連の投資商品(例)
国内ETF・ETN(NISA成長投資枠活用可)
NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア
外国株式(NISA成長投資枠活用可)
エクソン・モービル
シェブロン
オキシデンタル・ペトロリアム
海外ETF(NISA成長投資枠活用可)
iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR
投資信託(NISA成長投資枠活用可)
海外先物
CFD
原油相場が異次元の急騰 東日本大震災後のエネルギー改革を考える
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