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「SaaSの死」は本当か? AI時代の「敗者」と「勝者」

2026/3/6 15:00

 AIエージェントの進化は、「SaaSの死」を本当にもたらすのか。SaaS企業の株価低迷がいまだに続く中、「アンソロピック・ショック」の本質と、SaaS業界の展望についてクラフトデータ代表の早船明夫さんに聞きました。

目次
  1. 「SaaSの死」の本質
  2. 生き残るSaaSの特徴
  3. 国内SaaSの「構造的な問題」

「SaaSの死」の本質

トウシル:最近、注目されている「SaaS(サース)」とは何ですか?

早船明夫さん(以下早船):SaaS(Software as a Service)とは、主に法人向けに提供される「クラウド型ソフトウエア」を指します。

早船明夫さんプロフィール

早船明夫さん
株式会社ユーザベースでSPEEDA事業を推進後、独立。SaaS企業・スタートアップ分析note「Next SaaS Media Primary」を運営する株式会社クラフトデータを創業する。国内VCファーストライト・キャピタルの外部パートナー/チーフアナリストも務める。日経新聞、NewsPicksやBusiness Insider Japanなどでも執筆多数。

 かつて企業は、CD-ROMを自社PCにインストールする、あるいはITベンダーが個別に開発したシステムを利用するのが主流でした。この10年で、インターネット経由でソフトウエアを利用するスタイルが法人向けにも浸透しました。

 2020年ごろから、SaaSは株式市場でも大きなテーマとなりました。現在は単なる「機能提供」だけでなく、企業のデータをどう管理し、運用し続けるかという「信頼性」や「継続性」が問われるフェーズに移行しています。

トウシル:アンソロピック社のAIツール「Claude Cowork」発表以降、SaaS企業の株価が下落しています。背景には何があるのでしょうか。

早船:生成AIの登場初期から、「AIエージェントがSaaSを代替するのではないか」という予測はありました。個人の間でもChatGPTのようなAIツールがさまざまなタスクを代わりにやってくれるようになりました。ビジネス分野でもAIが自律的に業務を進める時代がいずれ来るのは自然な流れです。

 以前は、AIエージェントによって「何をどこまで精緻にできるのか」「専門的な業務知識が必要な分野でも可能なのか」がはっきりしていませんでした。そうした中、Claude CoworkはAIが自律的に業務を進める姿を具体的に示し、それがソフトウエア業界に衝撃を与えました。

 これにより、「人間がSaaSにログインして操作する必要がなくなるのではないか」「SaaSという形態そのものが変わらざるを得ないのではないか」という懸念が現実味を帯び、SaaS企業の株価急落を招いたと考えられます。

 ただし、今回の株価急落は、具体的な解約率の上昇といったデータに基づくものではなく、「ついにその時が来たか」という市場の心理的ショックによる側面が大きいとみています。

トウシル:AIエージェントの進化でシステム開発が容易になる中で、企業がSaaSを自社開発する流れは進むと思われますか?

早船:確かにプログラミングに詳しくなくてもソフトウエアを作りやすくなっているのは事実であり、それがSaaS市場での不安要素の一つになっています。しかし、SaaSの本質は「システムを作ること」ではなく、「信頼性を担保して運用し続け、データを管理すること」にあります。

 例えば、弁護士ドットコムが提供する電子契約の「クラウドサイン」を例に挙げると、その機能自体を模倣して自作することは可能かもしれません。

 しかし、法的認証、相手の大企業が安心して契約できるだけの社会的信頼性をAIが代替できるかというと、難しいでしょう。「簡単に作れる」ことと、既存のサービスが「代替される」ことは、全く別の議論として捉えるべきです。

生き残るSaaSの特徴

トウシル:AIエージェント時代においても、逆風を受けにくい企業の特徴を教えてください。

早船:ポイントは、「コアデータ」「信頼性」「物理的要素」の三つです。

 企業のコアとなる、法的に守らなければならないデータを扱っているSaaSは、容易にはリプレイスされません。

 また、入退室管理の「Akerun(アケルン)」を展開するPhotosynth(フォトシンス:4379)や、クラウドカメラのセーフィー(4375)のように、物理的なハードウエア(スマートロックなど)や現地のデータとひも付いているサービスは、AIエージェントだけで完結させることが困難です。

 今回の株価下落局面においても、フォトシンスとセーフィーの株価は底堅く推移しています。

 逆に、AIによって容易に模倣や代替が可能な「便利機能」のみを提供するアプリケーション型のSaaSは、厳しい競争にさらされることになるでしょう。

トウシル:他に注目しているSaaS銘柄はありますか?

早船:企業の基盤に入り込み、自らが「ハブ」となってAI機能を付加できるポジションにいる企業には期待しています。

 例を挙げると、金融機関向けに基盤システムを提供するFinatextホールディングス(4419)です。金融領域はミスが許されず、参入障壁が極めて高い。

 こうした「基盤」を既に押さえているプレイヤーは、AIエージェントという新技術を既存顧客へ提供する窓口になれるため、新興のAI企業にその座を奪われるよりも、むしろ大きな商機を得る可能性が高いといえます。

国内SaaSの「構造的な問題」

トウシル:今後のSaaS業界をどう展望されていますか?

早船:結論からいえば、現在の市場の反応は過度な悲観論を含んでいると考えています。

 AI開発の最前線にいるアンソロピック社内でも、依然としてSlackやHR系SaaSが利用されています。AIが「操作できる」ことと、実務として「完璧に完結できる」ことの間には、まだ埋まっていない大きなギャップがあるのです。

 例えば、マネーフォワードのように会計からバックオフィスのさまざまな領域に広がるような複雑かつ多機能なシステムの代替は難しいでしょう。これらのシステムは、単一の機能だけでなく、企業全体の業務プロセスに深く組み込まれており、その連携や整合性をAIが完全に再現するには高いハードルがあります。

 グーグルやオープンAIといったビッグテックがその領域に注力するかというと、それも考えにくいのではと考えています。彼らは汎用的なAI技術の開発に主眼を置いており、特定の業界に特化した、かつ法規制や慣習が複雑に絡むバックオフィス業務のようなニッチなSaaS領域への優先順位は低いとみられます。

 また、日本企業は伝統的にシステムの導入や行動変容に時間がかかる傾向があります。皮肉なことに、こうした「変化の遅さ」が、急激なAIエージェントへのリプレイスに対する防波堤として機能する側面もあるでしょう。

 現在、真に注視すべきなのはAIの脅威よりも、むしろ「日本の中小企業における、SaaS導入の遅さ」という、より構造的な課題の方かもしれません。

 AIを恐れるのだけではなく、どの企業が「代替不能な信頼性」や「コアデータ」を握っているか。その本質を見極めることが、これからのSaaS投資において重要になるでしょう。

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