インフレが進む中、不動産、ゴールド、暗号資産といった実物資産への関心が高まっています。中でも、趣味と実益を兼ねた投資対象として富裕層や一部の投資家に人気なのがアートです。現在、市場は低迷していますが、底値買いのチャンスはあるのでしょうか? 今回の記事では、知られざるアート投資の現状とリスクを紹介します。
値段はどう決まる?
2024年のオークション落札額トップはフランスの画家ルネ・マグリットの作品「光の帝国」シリーズの1点で約188億円でした。また、同年11月にはイタリアの芸術家マウリツィオ・カテランによる壁にバナナを張り付けた現代アート作品が約9億円で落札されて話題になりました。
では、アートの値段はどう決まるのでしょうか?
株式投資であれば、発行体企業の株式を保有することでその企業の生み出す利益が配当金として分配されます。そして、配当金の源泉となる利益や将来性への期待を織り込んで株価が形成されていきます。
一方、アートはギャラリーや作家の手を離れ、購入した投資家の自宅などに飾られている間は基本的にキャッシュフローを生みません。買い手のニーズ次第で価格は大幅に変わっていきます。
需要は希少価値、話題性、知名度、専門家の評価などの幅広い要因に左右されるため、時には価格が暴騰することも珍しくありません。
例えば、シティポップの名作アルバムのジャケットを描いていたことで知られるイラストレーターの永井博氏のある作品の落札価格は、2024年9月に400万円近くでした。しかし、シティポップの世界的な人気の高まりで、同じシリーズの1点が2025年4月には約1,900万円まで上昇しました(SBIアートオークションのデータから)。
サイズが異なり全く同じ作品ではないので単純な比較はできませんが、同じシリーズの作品がわずか1年未満で価格が約4倍になった計算です。つい最近も同氏の作品がスタート価格の70~130万円を大きく上回る500万円以上で落札されました。
このように、アート市場では、人気作家の作品が注目を集めて、価格が大幅に上昇するケースが見られます。
バブル崩壊でチャンス到来か
作品の価格が数倍や数十倍になるケースも見られるアート市場ですが、全体としては昨年から大不況に直面しています。
スイスの大手銀行UBSと世界最大級のアートフェア「アート・バーゼル」のレポートによると、2024年の世界オークション販売額は前年比で約20%減の234億ドル(約3兆4,400億円)でした。
同レポートでは、アートの販売量自体は増加しているものの、高価格帯の作品が中心となって下落をけん引していると分析しています。日本でも主要オークション会社の落札結果を見ると、人気作品でも数年前の価格から下値が切り下がっているケースが散見されます。
また、価格下落はアートのオークションだけでなく、作家やギャラリーから直接作品を購入する「プライマリー市場」にも波及しているようです。
世界的に評価の高い作品でも価格が大幅に下落したケースが珍しくありません。投資のタイミングとしては悪くないかもしれません。
始める前に知りたい「三つのこと」
アート投資はどれくらい難しいのでしょうか? アートの世界には、比較的短期間で作品を売買して利益を生むことが得意な古物商や専門的なアドバイザーもいます。しかし、アートの世界は、初心者が利益を上げることは非常に困難です。その理由を三つに分けて解説します。
一つ目は、「分散投資ができない」という点です。
株式市場には「稲妻が輝く瞬間に市場に居合わせなければならない」という格言があります。これは、上昇相場のタイミングを逃さないためには、市場に居続け、投資を続けるしかないという教えです。
上昇する個別銘柄の特定は難しいですが、S&P500種指数や日経平均株価のような株式指数への連動を目指すインデックス・ファンドを通じて分散投資を行えば相場の上昇時に恩恵を受けることができます。
しかし、アート市場ではこうしたインデックス・ファンドが存在しません。もちろん、大富豪であれば幅広い作品のポートフォリオを組むことも可能でしょうが、大半の人々にとって分散投資は現実的ではありません。
二つ目は、「そもそも、大きく値上がりする事例は少ない」ということです。
文化庁のレポートによると、2023年に国内オークションに出品された作品のうち91%の落札価格は1万ドル(約139万円)未満とアートとしては比較的低価格でした。大当たりする作品はごく一部であり、有望な作品を見つけ出して事前に購入しておくことは簡単ではありません。
三つ目は、「取引のハードルが高い」という点です。
株式市場では上場企業が詳細な財務情報を公開していますし、資金さえあれば誰でも好きな銘柄を買うことができます。
しかし、一般に開かれている株式市場とは異なり、アート市場は商品の情報へのアクセスが限られています。さらに購入のためには抽選に申し込んで「作品購入権」を取得することが求められる場合も多く、売買にはさまざまなハードルがつきまといます。
富裕層が買う理由
これだけ投資の難易度が高いこともあり、アート投資の中心にいるのは潤沢な資金を持つ富裕層です。
富裕層が積極的にアートを購入する動機は「作家の地位向上」や「マーケットの育成」が挙げられます。自分の好きなアーティストを応援するという意味で、「推し活」に近い感覚なのかもしれません。
富裕層は保有しながら美術館へ作品を貸し出したり、収集作品の規模が大きい場合は相続のタイミングで公益法人をつくったりしています。有名な公益法人としては、ポーラ創業家のポーラ美術振興財団、ブリヂストン創業家の公益財団法人石橋財団、サントリー創業家のサントリー芸術財団などがあります。
日本のアート市場は規模が小さいこともあり、富裕層の個人やファミリーによる大型の作品購入が個別の作品の価格だけでなく、市場全体にも大きなインパクトを与えます。富裕層は優れた才能を持った芸術家を発見し、育成のために資金を投下することでエコシステムを育てていると言えます。
保有している支援作家の作品がクリスティーズやサザビーズのような世界最大級のオークションハウスで取引されれば、「含み益」の形で大きな投資成果となります。しかし、これは長い年月のかかる取り組みであり、純粋な投資活動というよりも、長期的な視点による企業経営に近いと言えるでしょう。
それでも投資したい人へ
ここまでアート投資の難しさを解説してきました。純粋な投資としてはお勧めできませんが、「それでも挑戦したい」という方のためにアートの買い方を簡単にご説明します。
アートを買うルートは大きく五つに分類されます。
- アートフェア
- 電子商取引(EC)サイト
- 百貨店
- ギャラリー、作家
- オークション
一つ目のアートフェアは、さまざまなアートギャラリーが出展して美術品を販売するイベントです。アドバイザーによるツアーが組まれていることも多く、作品の説明を受けることもできます。初めて作品の購入を検討する方にはお勧めの方法です。
有名なところでは、「アートフェア東京」や「Tokyo Gendai(東京現代)」などがあります。アートに興味がある方であれば見るだけでも楽しいので、ぜひ気になるジャンルのフェアに気軽に足を運んでみてください。
二つ目は、複数のギャラリーが参加するアート専門のECサイトです。作品によっては実物を見られない場合もありますが、検索や比較がしやすいのが利点です。ただし、可能であれば作品を実際に確認してから購入することをお勧めします。
三つ目の百貨店は、作品の購入に必要な条件が複雑な場合もありますが、顧客限定の優先販売やポイント還元の優遇といったメリットもあります。
四つ目は、ギャラリーや作家からの購入です。オーソドックスな購入場所で、修復やレセプション(交流会)への招待、イベントや出展するフェアへの案内を受けられるといった利点があります。
五つ目は、オークションです。海外大手のクリスティーズやサザビーズといったオークションハウスであれば、これまでに取引実績がない場合、購入時に落札価格の15〜20%前後の手数料がかかります。
作家やギャラリーのことを意識せず、匿名で購入することができるのがメリットです。また、海外の大手オークションでは、「富裕層がどのような作家を支援しているのか?」といった市場の動向や今後の値上がりタイミングを見極める上で貴重な情報が手に入る機会もあります。
日本国内のオークションは、市場が小さいため市況の影響を受けやすく、価格変動が大きいという特徴があります。タイミング次第では作品を安く購入できるチャンスがあるかもしれません。
富裕層がアートを買う理由:市況低迷は安値買いのチャンスか?
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