今、「令和のコメ騒動」が起きています。コメの小売価格が高騰し、日本の政治・経済に強い不安が広がっています。減反(げんたん)政策といった、日本でのコメに関わる歴史も踏まえながら、高騰の背景を確認し、今後を展望します。
※このレポートは、YouTube 動画で視聴いただくこともできま す。
著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「5kg 2000円台は可能か?「令和のコメ騒動」の背景とは」
コメの小売価格が1年間で2倍に
今、「令和のコメ騒動」が起きています。夏に参議院議員選挙が予定されていることもあってか、騒動を大きくした政府の要人が更迭(こうてつ)されたり、コメの価格が下がらなければ、首相が辞任する可能性が浮上したりしています。それほどまでに、主食であるコメの価格動向は、日本国民にとって大きな関心事なのです。
図:国内産コシヒカリの小売価格(都道府県庁所在地平均)税込 円/5キロ

コメの小売価格は、1年間でおよそ2倍になりました。2024年の後半以降の上昇が目立っており、まさに急騰劇です。2024年6月、5キロ当たり2,390円前後だった小売価格(都道府県庁所在地の平均、総務省統計局のデータをもとに筆者計算)は、2025年4月には4,600円を超えました。コメの小売価格は、他の品目と比較しても、突出して大幅な値上がりをしています。
図:東京都区部の主要食品価格の変動率 2024年4月と2025年4月を比較

2024年の初夏、コメ価格は前年度の天候不順をきっかけとした在庫不足が主因で急騰しはじめました。その後、収穫期を迎えて在庫は増加したものの、在庫不足を受けた需要の前借りが起きたことにより、需給ひっ迫が解消せず、急騰は収まりませんでした。
2025年に入り、政府が備蓄放出を検討したり、実際に放出を行ったりしているものの、流通段階での目詰まりや備蓄放出時のルールなどが足かせとなり、急騰はいまだに続いています。
こうした状況の中、消費者の強い反感を買った前農林水産大臣の失言、2018年ごろまでおよそ半世紀にわたり続いた減反政策などが批判の的となり、コメ騒動の主因は政府にあるのではないか、という言説が流れ始めています。
50年続いた減反政策
コメの減反政策とは、過剰に生産されて価格が大きく下がることを避けるために、コメを生産する方々に、田んぼを他の作物を生産するために転用することを促す政策です。この制度は1970年ごろに本格化し、2018年までのおよそ50年間、続きました。
実際に、以下の通り、日本のコメの作付面積は同政策の開始とともに急減し始めました。1960年代に300万ヘクタールを超えていたコメの作付面積は、1970年代はじめに300万ヘクタールを、1980年代に250万ヘクタールを、1990年代に200万ヘクタールを、それぞれ割り込みました。政策がコメの作付面積を急減させたと言えます。
図:日本のコメの作付面積 単位:百万ヘクタール

ただし、同政策が終了した2018年以降も、減少は続いています。150万ヘクタールを割り込んだのは2023年です。減反政策が終了してもなお、コメの作付面積が減少している背景に、コメを生産する担い手不足や資材高などの、近年ならではの大きな課題が挙げられます。減反政策だけが、作付面積を減少させる要因ではないことが分かります。
また、作付面積について、麦類(小麦、大麦、ライ麦、オーツ麦の合計。小麦がメイン)と合わせて見てみると、以下のような推移になっています。
図:日本のコメと麦類の作付面積 単位:百万ヘクタール

小麦の作付面積は、1950年代半ばから70年代後半にかけて、急減したことが分かります。この急減もまた、政策起因だったとされています。
東西冷戦の激化や朝鮮戦争(1950年)の勃発などを受け、米国は対共産圏包囲網を構築しはじめました。こうした中、米国は1951年に相互安全保障法を制定し、経済支援を受ける国に防衛義務を負わせることとしました。
そして1954年、援助を受ける日本は日米相互防衛援助協定(MSA協定:Mutual Security Act)を締結し、同協定に基づき、陸・海・空の三自衛隊を設置し、さらにはこのMSA協定に含まれる「農産物購入」に関する協定に従い、米国の農産物を購入することを決めました。
当時、米国は自国内に穀物(主に小麦)の余剰在庫を抱えていました。同協定をもとに協定を結ぶ相手国に、貧窮者への援助と学校給食に使用することを目的とした贈与、という名目などで、穀物の余剰在庫を輸出しはじめました。日本はそれを受け入れました。日本における麦類の作付面積が急減し始めたのは、このころからです。
筆者はこの米国からの穀物輸入開始が、減反政策の方向性に、影響を与えたと考えています。
日本人のコメと小麦の消費動向
1954年ごろから始まったMSA協定による麦類の輸入増加と、1970年ごろから始まった減反政策によるコメの作付面積減少をもとに、国民一人に対する一日当たりの供給量を試算しました。
図:日本のコメと麦類における一人に対する供給量(一日当たり) 単位:グラム

期初在庫と生産量(収穫面積×単位当たりの収量)と輸入量を足し合わせた量をその年の総供給量とし、その値をその時の人口と年間の日数で除して試算しました。
コメの一人に対する供給量は1960年代、過剰感がありました(現在のおよそ2倍)。1970年ごろから減反政策が本格化したことを受けて作付面積が減少し、1990年代にかけて減少しました。麦類の一人に対する供給量は、MSA協定をきっかけに1960年ごろから米国からの輸入が増加したこと受けて、1990年代にかけて増加しました。
1990年代になると、コメと小麦の一人に対する供給量はほとんど変わらなくなりました。コメは作付面積が減少しつつも、単位当たりの収量が増加し続けているため、供給量は減少することなく、一定の水準を維持しています。
小麦はコメと同様に、おおむね同じ水準を維持しています。現代社会における日本人の食文化が固定化したタイミングが1990年代だったことがうかがえます。
以下は、日本で一人がコメと麦類から摂取するカロリー(一日当たり)の推計値です。食文化や労働環境を含む社会全体が大きく変化する中、一人がコメと麦類から摂取するカロリーは1980年ごろから1990年代後半にかけて低下しました。
図:日本で一人がコメと麦類から摂取するカロリー(推定)(一日当たり) 単位:kcal

2000年代に入り、麦類から摂取するカロリーはコメから摂取するカロリーを上回っていると、考えられます。
麦類が、1990年代から日本人の食を支える重要な食材として定着したことや、2000年代から麦類がコメよりもカロリー摂取に貢献しているとみられることは、長期視点で、コメの需要が増加しにくくなったことを示唆しています。
麦類を重用する文化が定着したことで、コメの作付面積を増加させる動機が強まりにくくなっていると考えられます。このため、足元のコメ価格を下げるために、作付面積を増やす、という議論は起きにくいと言えます。
食品全体で価格高が発生
以下の表は、2019年と2025年の主要な食品の価格変動を示しています。冒頭で示した、このおよそ1年間の変動率ではコメが突出して上昇していましたが、さらに長期視点で見ると、ほとんどの品目の価格が上昇していることが分かります。
図:東京都区部の主要食品価格の変動率 2019年4月と2025年4月を比較

チョコレートは当時の3倍以上、コメは2倍以上、オレンジジュースなどの果樹飲料やはくさいは2倍弱、コーヒー豆は約1.7倍、物価の優等生と言われた鶏卵は約1.3倍、砂糖、食用油は鶏卵と同等の上昇を演じています。コメだけでなく、食品全体で、価格上昇が起きているのです。
食品などの各種小売価格が決まるまでの過程は、以下のとおりです。電力や包装材、輸送に関わるコストついては、海外の原油価格が深く関わっています。2019年から足元にかけて起きている食品価格の全体的な上昇もまた、原油価格の「長期視点(短期視点ではない)」の高止まりの影響を受けていると言えます。
図:各種小売価格が決まるまで

どうすればコメの小売価格が下がるのか、日本政府は頭を悩ませ、備蓄米の放出ルールを調整したり、流通の目詰まりをなく対策を講じたりしていますが、いずれも一時的に症状を和らげる対症療法の域を超えません。本格的な価格低下を望むのであれば、原油価格を下げるための働きかけが欠かせません。
下げ渋る原油、コメ高は続くか?
以下のグラフは、原油の国際的な指標の一つであるウエスト・テキサス・インターミディエート(WTI)原油※先物の、日々の安値の推移です。
※WTI原油:米国の西テキサス地域で産出されるガソリンなどを比較的多く抽出できる原油。West Texas Intermediate。
図:NY原油先物(期近)日足安値 単位:ドル/バレル

この数カ月、「原油相場は下がった」とする報道が目立っています。たしかにウクライナ戦争が勃発した年(2022年)の高値水準に比べれば、下がっています。2025年4月上旬に発生したトランプ関税ショックが下落に拍車をかけた、との声もあります。たしかにそのとおりです。
では、グラフの先端部分の赤い丸で囲った直近の推移はどうでしょうか。トランプ関税ショックを経ても、60ドルの節目を大きく下回ることなく、原油相場は推移しています。数回、60ドルを割る場面がありましたが、すぐさま、反発しています。
短期的な動きを見ていると、60ドル割れを買いのタイミングと認識している市場関係者がいるように思えます。なぜ、このような動きになっているのでしょうか。なぜ、一部で報じられているとおり、急落していかないのでしょうか。
理由は簡単です。上昇圧力が存在しているからです。以下のとおり、トランプ氏も石油輸出国機構(OPEC)プラスも、上昇圧力をかけています。下落圧力をかけつつ、上昇圧力もかけているのです。原油相場はこうした圧力に挟まれているため、一方的に下落も上昇もしていないといえます。
図:原油相場を取り巻く環境(4月2週目以降)

コメの減反政策と米国からの麦類の輸入増加によって、日本の食文化に「麦類」は確固たる地位を築き上げました。このことにより、コメの作付面積は、長期視点で増えにくい環境が続くと、筆者は見ています。そこに、食品価格全体を底上げする一因である原油相場の高止まりが重なり、なかなかコメの小売価格は下がらない可能性があります。
備蓄米放出のルールを変えるなどの対症療法によって、短期視点では低下する可能性はあります。ですが、安定的な安い価格が長期間続くことは、なかなか望めないかもしれません。「令和のコメ騒動」は、まだしばらく続く、というアイディアを持って、コメの小売価格の動向に注目したいです。
[参考] 農産物関連の投資商品例
国内個別株・ETF
丸紅
WisdomTree 農産物上場投資信託
WisdomTree 穀物上場投資信託
WisdomTree 小麦上場投資信託
WisdomTree とうもろこし上場投資信託
WisdomTree 大豆上場投資信託
外国株・ETF
ディアー
コルテバ
ニュートリエン
アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド
ブンゲ
ヴァンエック・アグリビジネスETF
インベスコDBアグリカルチャー・ファンド
国内商品先物
海外商品先物
商品CFD
トウモロコシ 大豆 小麦 コーヒー、粗糖、ココア、綿花、生牛
5㎏ 2000円台は可能か?「令和のコメ騒動」の背景とは
- 今回のレポートはいかがでしたか?
- コメント
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。 詳細こちら >>