これまでのレポートでも台湾と中国間の攻防を見てきましたが、両者は今まで以上に相手を敵視し、緊張度が高まっています。日本人にとっても平和と生活、そして未来に直結する問題です。台湾有事はどうなるのか、そして日本はどうすればいいのか。私が今回の台湾訪問で実感したことを書いていきます。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「台北の一角で考える:「台湾有事」は何処へ向かうのか。日本はどうすべきか」
「対中強硬」を強める台湾の頼清徳総統
現在台北市の一角で本稿を執筆しています。月曜日のお昼前に松山空港に着いたとき、「寒いな」と感じました。現地の方々いわく、確かにこの季節にしては寒く、私自身、台湾の「天候」を若干甘くみていたなと反省しているところです。台湾に来るたびに、想定外のことに直面すること自体に、いろんな想像や思考が生じてしまうのは、台湾という地が抱える地政学事情の複雑さと深刻さに由来しているのかもしれません。
民主化を実現した2,300万人の人口を抱えるこの地を踏むたびに、「台湾はこれからどこへ向かうのか」を考えます。これは「日本の経済や安全保障にとって決して無関係ではない」というよりも、日本にとって最大の地政学リスクに直結する難題です。
今回の訪台も例外ではなく、「台湾有事」を巡り、これまで以上の緊張感を覚えています。
3月13日、頼清徳総統が台湾で国家安全保障問題を統括する上で最も重要な機構の一つである国家安全保障会議が最高レベルの会議を開き、国家安全の観点から中国との関係を議論しました。
会議終了後、頼総統が記者団らを前に談話を発表しました。その際、近年、中国が台湾に対する浸透工作を強化し、台湾社会の分断を図っているという観点から次のように語りました。
「このような中国は、我が国が反浸透法で定義づけている『境外敵対勢力』である。我々にはほかに選択肢がなく、従来以上に積極的な措置を取らざるを得ない。これも私が本日国家安全保障会議のハイレベル会議を開いた目的である。我々は相応する防御措置を取ることで、我々の民主主義と強靭(きょうじん)性、および国家の安全を守り、我々が大切にする自由民主と生活様式を守らなければならない時期に来ているのだ!」
「境外敵対勢力」という言葉は強烈なインパクトを残し、現在に至るまで反響を呼んでいます。また、2024年のスパイ事件の66%が軍人だったという統計と経緯を受けて、頼総統が「軍事審判法」の全面的改正を検討し、軍事審判制度を復活させると表明した点も台湾社会で大きな反響を呼んでいます。顧立雄国防部長は「今回復活する軍事審判の対象は現役軍人の職務上の犯罪に限定され、一般の刑事事件や非現役軍人には適用されない」と説明してはいるものの、この制度がどう運用されていくのか、不透明感が漂っています。
頼政権として、中国の「浸透工作」に対し断固対応し、中国に対する敵対的な姿勢や行動が強化されていることだけは確かであり、「台湾有事」の行方を巡って、緊張感がますます高まっていくのは不可避だなと、今回の台湾出張でも強く感じています。
「反国家分裂法」20周年で「対台強硬」を強める習近平政権
中国側も黙ってはいません。
頼総統が国家安全保障会議を受けての「境外敵対勢力」発言の翌日、3月14日、中国共産党は「反国家分裂法」施行20周年に際する座談会を開き、共産党序列3位の全国人民代表大会常務委員会の趙楽際委員長が談話を発表しました。
冒頭で、「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現することは、中国共産党にとって揺るぎない歴史的使命である」とした趙氏の談話の中には、中国の台湾政策がこれからどうなっていくのかを理解する上で重要なポイントが含まれていたと私は解釈しています。
以下、私が特に重要だと捉えた三つのポイントを書き下します。
- 「反国家分裂法」に加えて、「国家安全法」、「愛国主義教育法」、「外国関係法」といった他の法律の力も借りる形で、「『法律をもって台湾独立分子を処罰する』制度システムをより一層充実、改善」(趙楽際氏)しようとしていること。
- 法的手段に加えて、「政治、経済、軍事、外交、世論といった手段と組み合わせることで、(台湾独立に反対するために)最大の効力を発揮させること」
- 中国共産党にとっての悲願である「台湾統一」という目標を前にして、「非平和的な方法およびその他の必要な措置を取ることで、外部勢力による干渉と『台湾独立』を巡る重大な事変に対応するための十分な準備をしていくことを堅持する。その目的は、祖国の平和的統一という未来を勝ち取るために根本的な努力をしていくことにある」と訴えたこと。
この三つのポイントを簡潔に総括すると、次のようになると私は理解しています。
中国は従来以上に「法律戦」を基軸に、政治、経済、外交、軍事、世論といった手段を駆使することで、頼清徳政権への圧力を複合的に最大化し、台湾を屈服させることで「平和的統一」をもくろむ、それでも難しければ「非平和的な方法」による併合を検討し、行動する。
台北の一角で考える:「台湾有事」はどこへ向かうのか?そして日本は?
ここまで台北と北京間の攻防をそれぞれ見てきました。両者が相手側を従来以上に、前代未聞に敵視し、自身の目的を達成するためには手段を選ばないという強硬的な姿勢をあらわにしている現状が見て取れるでしょう。
台湾を巡る、台湾海峡における緊張度は着実にエスカレートしている。
これが、私が今回の台湾訪問で実感した最大の教訓です。日本ではよく「台湾有事は起こるか?」という議論がなされますが、私の理解では、台湾有事はすでに起こっていて、問題は、それがいつどのように緊張していくかにほかなりません。前述したように、中国側はすでに政治、経済、外交、軍事、世論といったあらゆる手法を駆使して台湾への圧力を複合的に強化しています。それに伴い、中国、台湾双方において、日本企業がサプライチェーンを見直したり、事業継続計画を修正したり、邦人を退避させたりという動向が実際に起こっているわけです。
つまり、有事はすでに起きている、そう認識すべきです。
そして、有事に際する緊張度に関しても、それが一直線にエスカレートするとは限りません。エスカレートしたと思ったら緩和して、落ち着いたと思ったらまた激化する。台湾有事とは動態的、変則的、曲線的なのです。だからこそ、台湾海峡を巡る状況に対して、定点観測的に事態を把握し、趨勢(すうせい)を見極め、その上で、現地視察を含めて準備や対策をしていくことが求められる、というのが私の基本的な見解であり、立場です。
今回も現地であらゆる方々と議論をしました。「中国の脅威は高まっている」「自衛力を高めるべき」「有事の際の訓練を強化すべき」「国民皆徴兵制を強化し、男子は2年、女性もその義務を負うべき」「台湾人は平和ボケしている。もっと危機意識を強めるべき」といった声が聞こえてきました。
一方で、「台湾に何ができるのか」「台湾を包囲、封鎖されたら身動き取れない」「自由や民主主義が失われてしまうのか」「米国や日本はその時助けてくれるのか」といった、将来に対する不安をあらわにする表情も垣間見えました。
一つ言えることは、日本にとって「台湾有事」は決して無関係ではなく、私たちが生活するこの地域の平和と安定、そして未来に直結する問題だということ。欧州や中東では今この時も戦争が起きています。戦争は私たちにとって遠いところにあるものではない。
「明日は我が身」「自分の国は自分で守る」という観点から、台湾海峡の行き先を、自らの問題として捉え、不安定な現実と不確実な未来に真正面から向き合っていく気概が、今こそ日本人に求められているのだと、台北の一角で強く思います。
台北の一角で考える:「台湾有事」は何処へ向かうのか。日本はどうすべきか
- 今回のレポートはいかがでしたか?
- コメント
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。 詳細こちら >>