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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
中国全人代が閉幕。注目すべき経済閣僚の発言と際立ったDeepSeekの存在感

全人代が閉幕。国務院総理による記者会見はなし

 2025年3月11日、中国で全国人民代表大会(全人代)が計7日間の全日程を終え、閉幕しました。開幕初日の「政府活動報告」に焦点を当てた先週のレポート「中国全人代開幕。GDP目標は5%前後。景気低迷&デフレへの警戒心強まる」で扱ったように、経済成長率は「5%前後」という目標に設定されました。この決して容易ではない目標を達成するために、昨年以上のマクロ政策を財政、金融といった角度から実施していく姿勢が具体的に打ち出されました。

 一方、CPI(消費者物価指数)の上昇率目標が2%と前年より1ポイント下方修正され、中国経済がデフレに陥っている現状を中国政府として実質認める展開となりました。 

 その後、全人代の各アジェンダにおいても、中国政府として2025年の中国経済をどう回していくのか、課題はどこにあるのかといったポイントをうかがい知れる場面もありました。先週レポートの続編として、以下アップデート、深掘りしていきたいと思います。

 ここで一点指摘したいことがあります。

 昨年の全人代において、それまで過去30年続いてきた、全人代閉幕後に国務院総理によって行われる記者会見が中止になりました。今後も実施しないという中国共産党指導部としての政治的意思を昨年の段階で表明していたので、今年も行われなかったことは想定内ですが、私としては、物足りなさを感じています。

 私が中国情勢をウオッチし始めた2003年以降、毎年の全人代において、時の総理を務めた温家宝氏、李克強(リー・カーチャン)氏が閉幕後に行う記者会見は、中国政府の首長による肉声、面影を通じて中国経済を巡る現在地をのぞき込む非常に貴重な機会でした。現総理の李強(リー・チャン)氏も2023年に1度だけ行いましたが、それが「最期」でした。

 中国を巡る情勢はただでさえ透明性が低く、その内実がなかなか見えてこない。だからこそ、「全人代閉幕後の総理記者会見」というのは、私自身、毎年楽しみにしていた政治イベントでしたし、中国理解・分析にも大いに役立ってきたので、分かっていたこととはいえ、やはり残念な思いを抱かざるを得ないというのが正直な心境です。

経済閣僚による合同記者会見で語られた経済成長戦術。注目したい三つの発言

 一方、全人代を通じて、中国政府が2025年の経済をどう回していこうとしているのかというテーマを考える上で、有益な情報はそれなりに出てきたのかなという感触も持ちました。先週のレポートで検証した「政府活動報告」が基本的なラインですが、3月6日に国家発展改革委員会、商務部、財政部、中国人民銀行、証券監督管理委員会のトップが合同で行った記者会見の内容が、一定の示唆(しさ)に富んだものだったと思っています。

 以下、私が注目した三つの発言を報告したいと思います。

1.「政府投資において、超長期特別国債、地方政府特別債、中央予算内の投資などを含め、国による投資の資金規模は5兆元を超える。民間投資で言うと、昨年、我々は民間資本が原子力発電所の建設に参入することを認め、民間資本に8,000以上のプロジェクトを推薦した。効果はあった。今年、中央政府は民間企業が新興産業、未来志向の産業に投資する流れを推進していく。鉄道、原発、水利、科学技術インフラといった重大なプロジェクトに民間資本を入れたいと思っている」

 昨年以上の財政政策を持って経済成長を促そうとしていること、民間資本が投資できる範囲や業界を、鉄道や原発といった国家としての基幹インフラにまで拡大しようとしていること、などは中国経済における官と民、国有企業と民間企業のバランスや役割分担を占う上でも重要だと捉えました。

 2月20日配信したレポート「習近平氏が6年ぶりに民間企業座談会を開催。ジャック・マー氏との『固い握手』が意味すること」で、習近平(シー・ジンピン)政権が民間経済、民間企業を奨励しようとしている姿勢を扱いましたが、2025年、民間企業が中国経済の中でどんなパフォーマンスを見せるのか、注目していきたいと思います。
 

2.「国内の需要不足を解消するために、対外的に開放し、対内的に緩和するという政策が重点になる。昨年、我が国の一人当たりGDP(国内総生産)は1万3,000ドルに達した。国際的に見ると、それが1万ドルを超えたあたりからサービス消費の需要が増えてくる。直観として以前、皆さんが外出する際にモノを買うのがメインだったが、現在となっては、どこが面白いから、どこにおいしい食べ物があるから、そこに行きたいという需要が増えているようだ。サービス消費がますます重要になってくる」

 中国の一人当たりGDPが1万3,000ドルに達したという情報は重要であり、近年顕在化している需要不足という構造的問題を解消するために、個人消費、特にサービス消費を促していきたいという中央政府のスタンスは重要だと考えます。

 この発言にある、「対内的に緩和する」という点も重要で、近年の中国経済を俯瞰(ふかん)すると、テック企業などを対象にした「規制強化」が目立ってきましたが、今年、何らかの「規制緩和」は出てくるのか、注目したいと思います。
 

3.「中央経済工作会議や最近の中央政治局会議は、不動産と株式市場を安定させるという方針を明確に強調した。政府活動報告でも、初めてその点を経済社会発展の全体的要求として書き入れた」

 不動産市場と株式市場を安定化させる、それを経済成長にとっての起爆剤にすることで、中国経済社会を持続的に発展させる、という方針が、初めて「政府活動報告」に記載されたという事実は非常に重要だと思います。中国経済においては「伝統的」に、不動産への依存が異常に高く、株式市場が発展していないという歴史的経緯がありました。

 そんな中、今回の全人代を受けて、不動産市場の「復活」はあるか、株式市場の「振興」はあるのか。両市場が中国経済の成長にどう貢献していくのか、注目していきたいと思います。

際立ったDeepSeekの存在感

 そして、経済閣僚による合同記者会見の中で、私がある意味最もインパクトを感じたのが、いま世界で最も注目されている企業の一つと言っても過言ではないDeepSeekの存在感です。記者会見全体で、2回もこのAI企業に焦点が当てられました。

 一つ目が、王文涛商務部長による発言。

「中国の科学技術は急速に発展している。人工知能、量子技術、クラウドコンピューティングなど、サービス貿易に新たなパラダイムを創造している。例えば、DeepSeekは低コスト、高性能というモデルを開拓し、技術使用に必要なコストを世界規模で下げている」

 二つ目が、呉清証券監督管理委員会主席による発言。

「人工知能は今年の全人代におけるホットなイシューである。DeepSeekは世界のAI領域に現れたライジングスターであり、AI業界を震撼させただけでなく、国際社会の中国の科学技術やイノベーション能力に対する認識を新たにした。そして、中国の資産価値を改めて見積もる流れを促した」

 通商、証券市場を統括する二人の閣僚がそろって、それぞれの立場から、DeepSeekが中国の経済、対外貿易、資本市場、産業振興、イノベーションなどに与えるインパクトを極めてポジティブに評価している紛れもない証左だと言えます。2月17日に習近平総書記が重要談話を発表した民間企業座談会でも、DeepSeekの梁文峰CEOは招かれていましたが、この企業はもはや中国という巨大国家、中国共産党という世界最大の政党がお墨付きを与え、国家戦略の観点から育て、羽ばたかせようとする対象だということです。

 我々も、その前提で、DeepSeekという企業、および中国初のAIの動向を観察していく必要性が高まっていると、今回の全人代を通じて改めて思いました。