これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始め、毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。息子の進学、娘の進学というヤマ場を終えた二人。人生100年時代、二人が悔いなく人生を満喫するためには…? いよいよ最終回! 

人物相関図

「ともかく、今週もお疲れ様!」

「お疲れ!」

 最近、社内でポジションが昇格し、残業が少し増えた信一郎だ。今週の疲れを癒すためのビールで乾杯し、理香と信一郎は笑いあった。

「シンちゃん、疲れ溜まってない?」

「ちょっと今週きつかったな…。でも一段落したから、来週はほぼ定時で帰れそう。理香は?」

「時短が終わってフル出勤になったけど、その分、在宅勤務多めに取ってるから問題なしよ」

 二人は今週もパソコンを開き、定例となっているマネー会議を始めた。

「ふー。気を付けてても、ついつい無駄遣いしちゃうわね」

「僕のビールが高いな。健康面も考えて、徐々にお酒の量を減らしていこうか…」

「徐々にね」

「うん。今すぐじゃなくて」

 夫婦は今、「老後に二人きりになったときの生活費」のシミュレーションをしているところだ。

平均的なゆとりある老後の生活費

平均的なゆとりある老後の生活費/会社員などの標準的な公的年金額/自営業者などの標準的な公的年金額
平均的なゆとりある老後の生活費は総務省「家計調査年報(家計収支編)2022年(令和4年)」をもとにトウシル編集部が作成。
公的年金額は厚生労働省「令和6年度の新規裁定者(67歳以下の方)の年金額の例」に基づく。

 各種レシートを保存して、不要な品と思われるものを消して合計し、試しに一カ月、最低どれくらいあれば生活できるのかの計算をしてみたところ、やはり、目標とすべき金額はかなりオーバーしてしまった。つい買ってしまうコンビニの新作スイーツ、箱買いしているビール、雨の日などについ乗ってしまうタクシー代などが地味に家計を圧迫している。

「もう、ネットで服買うのやめる…。だいたい失敗するんだもん」

 ネットで衝動買いしたあげく、あまり気に入らず着ていない服などが今月のカード決済から引き落とされていて落ち込んでいる理香を、信一郎は苦笑してなだめた。

「まあ、あんまり無理に切り詰めて、生活がつまんなくなるのもよくない。3回に1回はガマンする、くらいでちょっとずつ慣らしていこう」

「そうね」

 先々月から、理香はNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)のつみたて投資枠への投資額を少し減らし、NISAの成長投資枠で優待銘柄への投資も始めている。ポイ活にも目覚め、近所のドラッグストアのポイント倍増日に食料品をまとめ買いするなど、「おトク」というアンテナにしっかり反応できるようになってきた。

 必ず使うトイレットペーパーやティッシュ、お米などは、ふるさと納税でおトクに確保し、収納庫の定位置で出番待ち状態だ。保管場所を決めているため、何が減ってきたのかも一目で分かる。

 収支を気にするようになってから、家の中から無駄なモノが確実に減っている。結果的に家の中の整理術まで上達し、自分の家事負担が大幅に減ったことに、理香は大満足していた。

「次のボーナス、どうする?」

「前から言ってた、冷蔵庫を買わないか? あれ、もうだいぶ古いだろ。最新型だと容量も大きいし、電気代も抑えられるらしい」

 うれしい! と理香はニコニコする。これで、ふるさと納税でドカンと届くお肉や野菜も詰め込める。

「残ったお金で、旅行に行かないか?」

「ええ?」

 冷蔵庫は、30万円はする大きな買い物だ。残額は預金だろうと当をつけていた理香は、驚いて信一郎を見た。

「美咲が来年、小学校にあがるだろ? 子供料金で旅行に行ける最後のチャンスだ。どこか…海外とか、行ってみないか?」

「いいわね!」

 家族4人で過ごせる時間は、長いようで案外短い。成長するにしたがって、子供たちは、家族と過ごすよりも友達や部活を優先するようになるだろう。反抗期を迎えて最近、愛想のない健にとっても、親との旅行を喜ぶ最後のタイミングかもしれない。

「どこに行く?」

 旅行サイトを開き、二人はワクワクと顔を寄せる。

 無駄なお金を使わない、という生活スタイルはもちろん身に着けるべきだが、節約節約で生活を切り詰めるだけでは、ハッピーにはなれない。ライフプランとマネープランを、折々に見直してさえいれば、使いたいときに、しり込みしないでドンと払える根拠になる。

「ねえ、今さらなんだけど」

「あのとき、マネー会議を始めてよかったって思わない?」

 理香のつぶやきに信一郎もうなずく。

「いろんなこと、考えるきっかけになったよな」

「そうなのよ。仕事と育児でいっぱいいっぱいのタイミングで健の進学問題が降ってきて、正直、逆ギレ状態でシンちゃんに詰め寄っちゃったのは悪かったんだけど、あの時、二人で一緒に立ち止まれたことで、その後がすっごく楽になった」

「僕もそのへん、理香に任せっきりだったから、理香がキレても仕方ないよ。でも、あのとき話し合いしなかったら、今も相変わらず見通しのきかない状態で収支のアクセルやブレーキを、直感で踏んでた気がする」

 自分たちがどこへ向かって走っているのか、わからないままの道中なら、不安ばかりが募って夫婦仲もギスギスしたものになっていたかもしれない。

 お互いの財布の内、腹の内を開示することで、夫婦が「どう生きていきたいか」にまで踏み込んだ会話ができるようになったのだ。マネー会議をきっかけに、資産形成に真剣に取り組み始めたのも、自分たちの生き方に大きな影響を与えるトリガーとなった。

 不安や期待などの不確かな要素をもとに手探りで生きるより、生涯にわたっての収支をロジカルに、数値で可視化できたことも大きい。

 投資で資産が増える増えない以前に、「生き方」自体が変わったのだ、と二人はしみじみとうなずきあった。

「これからも、予想外なことが起こるかもしれない。でも、きっと、そこからベストな道を選ぶための選択肢が増えたね」

「そうね…。今回みたいに、何度でも立ち止まってプランを考え直せばいいんだもの」

 何も起こらなかったとしても、数年に一度のペースで、FP氏とライフプランの見直しをしていきたい、という信一郎の言葉に、理香も大きくうなずく。

「家計の定期健診ね」

「確かに!」

 マネー会議はこれからも続けていこう。そのうち、健や美咲も参加させて、自分たちの教育費やお小遣いの使い道などを考えさせてもいいかもしれない。

「これからの私たちの人生に乾杯!」

 理香がそう言いながら缶ビールを持ち上げる。が、中身がカラなことに気づいて理香は苦笑した。

「あら、飲んじゃってた」

「もう一本行こう」

「えー、節約するんじゃなかったっけ」

「今日ぐらいいいじゃないか。ほら」

 信一郎が新しいビールを持って戻ってくる。

 二人の人生はまだまだ折り返し地点。人生を楽しむ時間はたっぷりと残っている。

「じゃあ改めて!」

「ハッピーエンドな人生を目指して、乾杯!」

 カン、と幸せな音が、リビングに広がった。

乾杯する理香と信一郎
著者から一言

 最後までこちらの小説をお読みいただき、誠にありがとうございます。

 私は、なぜ資産形成が必要かという答えは、3つあると思います。

【1】人的資本→金融資本

 私たちは生まれてから教育を受け、その人的資本を使って働き、給与をもらいます。若い時は感じないかもしれませんが、一生働けるわけではなく、いずれリタイアするときが、社会人になってから約40年後にやってきます。その時に備えて毎月数万円を積立投資に回し、長期の時間と複利パワーを使って金融資本を作っていきます。

 これは「爪に火をともして節約しましょう」という話ではなく、時間と複利パワーの威力を使えば、てこの原理のように、無理のない毎月の数万円の給与天引きでの自動積み立てが40年後には1億円以上になる、という話です。そして、一定金額までになった資産というのは金のガチョウのように、人的資本がなくなっても、毎年金の卵を産み続けてくれます。

【2】インフレに勝つため

 日本は長らくデフレ経済でした。現金で資産を持っていれば、お金の価値が減ることはありませんでした。しかし、コロナ禍以降、エネルギー価格をはじめ、モノの値段が上がり、お米やチョコレートや家の値段まで、生活に関わる多くの支払いが上昇を続けています。

 年率3%前後で物価が上がっているということは、今の1万円で買えるものは3年後には9,000円分しかないことになります。この3%のインフレ時代に対応するためには、3%以上のリターンが期待できるものに資金を回す必要があり、株式投資などはそれにふさわしい投資先と言えるでしょう。

 過去の株式投資の年間平均リターンは7~10%ですので、仮に3%のインフレになったとしても、実質4~7%増えていることになります。私たちの生活や購買力を維持するためにも資産形成が必須な時代になりました。

【3】人生を豊かにするための選択ができる

 毎日毎日、割り振られた仕事だけをする生活をしたい…と思っている人は少ないと思います。動物園にいるアフリカ象の平均寿命は17歳で、野生のアフリカ象は54歳だそうです。

 それと同じく人間も、ルーティンな毎日より、たまには旅行に出かけたり、コンサートにでかけたり、おいしいものを食べたりと、いろいろな選択肢がある人生を望む人が多いのではないでしょうか。それによってたくさんの思い出が残り、人生がより豊かになると思います。そうした選択ができるようになるためには、やはり、お金が必要になります。

 ここで心に刻んでいただきたいのは、お金を使う目的は「より楽しい人生を過ごすためである」ということです。

 人は、自分で選択をしているようで、他人の影響を受けがちです。友達がブランド物のバッグを持っていると欲しくなり、インフルエンサーが紹介をしているグッズをついポチってしまいます。これは、本当に自分が欲しいのではなく、他人が持っているものを欲しいだけなのです。こうなると、その欲望は無限になり、いくらお金があっても足りません。

 この小説を通して、最初は、どことなくバラバラの方向を向いていた夫婦が、教育費をきっかけにお互いに向かい合い、最後には共に人生を走りぬくために、頼りがいのあるパートナーに成長しました。

 ぜひ、信一郎と理香のように、家族でとことん将来のプランや資産形成のことを話し合い、自分たちが幸せになるためには、どのようなものにお金を使うかを話し合ってください。お金に対する価値観は人それぞれですが、時には衝突しながら、時には第三者の意見も聞きながら、お金に対して、人生に対して、真剣に向かい合ってほしいと考えています。

 多少のマーケット変動には動じない胆力で長期投資を続ければ、資産形成はみなさんの想像を遥かに超える大きなリンゴの木に育ちます。そして、その木の下でどのリンゴを食べるかという選択を自由にできる生活が待っています。

手をふる理香と信一郎