※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
中国全人代開幕。GDP目標は5%前後。景気低迷&デフレへの警戒心強まる

中国全人代が3月5日に開幕。李強首相が「政府活動報告」を発表

 中国の首都北京で3月5日、1年に1度開かれる全国人民代表大会(全人代)が開幕しました。初日、そして全人代全体としても最大アジェンダの一つである、国務院総理による「政府活動報告」が現地時間の9時過ぎから、李強(リー・チャン)氏によって読み上げられました。

 私は日本で画面越しに生中継で観ていましたが、9時6分ごろ報告を開始し、ちょうど10時に終了。1時間弱の報告でした。途中お茶をすすりながら報告を読み上げた李強氏は、初めて国務院総理として報告を行った昨年に比べて、リラックスしていて、自信を有しているように見受けられました。報告内容の段落や論調しだいで会場から湧き上がる拍手に対しても、あまり意に介さないようで、拍手が起ころうとしているのに、読み進めようとする「ちぐはぐ感」も何度か見られました。

 習近平(シー・ジンピン)総書記を含め、チャイナセブンを含めた他の国家指導者と比べても、李強氏は公の場で、笑顔でいる場面が多く、ナイーブさよりも「鈍感力」を備えた気さくな方(気難しくない方)という印象を私は抱いています。

 日本の経済界も李強氏とは対面でコミュニケーションする機会はあるでしょうし、本年中の日本訪問も模索されています。何はともあれ、日本の政界や財界、民間にとって、李強氏は現実的に最高位のコンタクトパーソンと言えますから(習近平氏はなかなか難しく、コンタクトも一筋縄にはいかない)、その見解や動向をしっかり注視していく必要があるでしょう。

GDP目標5%前後、CPI目標2%前後。「実現は容易ではない」

 全人代、そして政府活動報告の中で、最も注目される場面の一つが、その年のGDP(国内総生産)の成長率目標です。昨年は「5.0%前後」に設定され、結果も前年比5.0%増でした。私は常々、2025年も昨年と同レベルの目標設定がなされる見込みと予測してきましたが、実際に昨年と全く同じ「5.0%前後」と読み上げられました。

 李強氏によれば、中国政府はこの5%という目標を設定する上で、「雇用を安定させる」「リスクを防止する」「国民生活に恩恵を与える」といったニーズがあると同時に経済成長の潜在力と有利な条件にも支えられた目標でもあると言います。

 若干中国的な表現で分かりにくいので、私なりにひも解くと、要するに、5%の経済成長ができなければ、雇用や収入など、国民生活や経済社会の安定がままならなくなるという危機意識、および5%を弾き出せるだけのポテンシャルと条件を中国経済は有しているという現状認識の表れだと理解することができます。

 実は、私が今回最も注目していた経済指標は、GDPではなくCPI(消費者物価指数)の上昇率でした。2023年と2024年はいずれも「3.0%前後」という目標設定をして、結果はいずれも0.2%の上昇にとどまりました。目標と現実が相当かけ離れてきたということです。

 そんな中、今回もまた3.0%という、無謀で現実離れした目標設定をするのか、それとも現実を受け入れて下方修正するのか、に注目していました。

 結果は、2.0%前後。

 1ポイントの下方修正です。換言すれば、中国政府として、経済がデフレ基調で推移していること、デフレ圧力に見舞われている現実を認めざるを得なくなっているということです。この点は、今回の政府活動報告の中で最も示唆(しさ)に富んでいた一幕だと思っています。

 CPIを2%に設定した目的として、報告は、「あらゆる政策と改革の共同作用を通じて、需給関係を改善し、価格の全体的水準を合理的な区間にとどめるため」としています。

 その上でGDP、CPIを含め「これらの目標を実現することは簡単ではない。厳しい努力をしていかなければならない」と目標達成の困難性を強調し、警告を鳴らしています。

財政赤字率4%、地方特別債4.4兆元、超長期特別国債1.3兆元…大胆な財政出動

 経済成長率は昨年同様5.0%前後に設定されましたが、その目標を達成する難易度と困難性は、李強首相も暗示しているように、今年のほうが高いと思われます。だからこそ、昨年以上に、マクロコントロールを複合的に駆使することで、景気回復を狙っていくというのが中国政府の立場であり、李強氏が行った報告にもそれがにじみ出ていました。

 昨年12月に行われた中央経済工作会議からの流れを踏襲し、報告は「従来以上に積極的な財政政策」と「適度に緩和的な金融政策」を実施していくと主張。昨年に比べても、マクロコントロールを重視する姿勢が文言にも表れています。

 私が特に注目したのが財政政策です。

 先週のレポート「来週開幕の中国『全人代』を先読み。注目すべき八つのポイント」において、二つ目のポイントとして「財政赤字率」に触れ、次のように書きました。

 昨年の政府活動報告において、2024年の財政赤字は対GDP(国内総生産)比で3%、金額では前年比+1,800億元の4兆600億元(約84兆円)と示されました。
 これらの数値が今年はどうなるのか。党指導部は、財政出動の拡張も辞さない立場を有していますが、今年はこの「3%」という比率がどうなるのか。現状維持か、拡張か。それ次第で、当局の景気下支えに対する本気度が見えてくると思います。

 結果は、GDP比で4%ということで、昨年よりも1ポイント上昇させました。金額では、昨年よりも1.6兆元多い5.66兆元と提示。また、昨年から発行している超長期特別国債は昨年より3,000億元多い1.3兆元。加えて5,000億元の特別国債を発行し、大手国有商業銀行の資本増強につなげると言います。不動産不況対策あたりが念頭にあるのでしょう。

 さらに、地方政府特別債は昨年より5,000億元多い4.4兆元を発行し、主に、投資、土地、住宅、地方政務による企業への借金返済などに使うとしています。その上で、本年の「財政支出の強度は明らかに増大している」と財政政策の「大胆さ」を訴えています。

 金融緩和に関しても、「構造性を伴う金融政策ツールの最適化とイノベーション」を通じて、不動産市場と株式市場の健康的発展をさらなる強度を持って促し、科学技術の革新、グリーンエコノミーの発展、個人消費の促進、民間・中小・零細企業に対する支持を拡大する、とうたっています。

 現状を俯瞰(ふかん)すれば、デフレスパイラル、不動産不況、需要不足など、構造的矛盾の解消は非常に厳しい。加えて、太平洋の向こう側からは「トランプリスク」が襲い掛かって来る。李強首相が、中国経済が直面する課題や困難、外部要素に触れた際、

「世界が直面する百年未曽有の変局は加速的に変遷している。外部環境はさらに複雑、深刻になる。それらはわが国の貿易や科学技術といった領域にさらに大きなショックを与え得る」

と警戒心をあらわにしましたが、トランプ第2次政権による不確実性を指しているものと思われます。

 そんな中、中央政府として、財政&金融というマクロコントロールの二大巨頭を駆使する形で、「簡単ではない目標」を達成するためにもがきにもがく。不確実性に向かって、断固突き進む。中国経済にとって、2025年はそんな1年になるのではないでしょうか。