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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「来週開幕の中国「全人代」を先読み。注目すべき八つのポイント」
1年に1度の全人代が来週開幕
日本の国会に相当する全国人民代表大会が3月5日、首都・北京の人民大会堂で開幕します。日本では「全人代」と称されることが多いこの大会ですが、1年に1回、3月に行われます。
中国では毎年行われる会議は少なくありません。例えば、12月に開催される中央経済工作会議などがありますが、内政から外交、政治から経済、少数民族から台湾問題まで、ありとあらゆるテーマを扱う「政治の祭典」という意味で言うと、全人代が最も大きなイベントになります(いわゆる「党大会」は5年に1度で、次回は2027年秋の予定)。
本稿では、全人代の開幕を来週に控えるこのタイミングで、私自身が注目しているポイントを「先読み」したいと思います。全人代という舞台を鑑みるとき、どんなテーマに注目すべきなのか、景気低迷が懸念される経済動向を含め、中国はこれからどこへ向かおうとしているのか、などを考える機会になればと思います。3月5日の開幕後は、日本のメディアでも中国全人代関連のニュースや解説が随所で見られると予想しますので、それらを「先取り」する形で、ぜひ参考にしていただければと思います。
ポイント1:経済成長率
初日の3月5日、李強(リー・チャン)首相が「政府活動報告」を読み上げます。私も毎年生中継で見ています。報告の中で、毎年最も注目が集まるのはやはり、経済成長率目標です。国内外のメディアも、首相が該当部分を読み上げた時点で速報するのが常です。
昨年の全人代では「5.0%前後」という目標設定がなされ、結果も5.0%増でした。今年はどうなるのか。私自身は、今年も「5.0%前後」あたりに設定してくるのではないかと予測しています。この目標設定次第で、中国共産党指導部が、昨今の経済情勢をどう見ていて、自国の経済成長に対してどれだけの自信と掌握を有しているかが見えてきます。
ポイント2:財政赤字率
昨年の中央経済工作会議でも示されましたが、2025年の中国共産党指導部は、2024年以上にマクロコントロールを駆使して景気を下支えする姿勢を前面に出しています。
財政出動はその中でも主要な政策ツールになると見込まれます。
その意味で注目されるのが財政赤字率です。昨年の政府活動報告において、2024年の財政赤字は対GDP(国内総生産)比で3%、金額では前年比+1,800億元の4兆600億元(約84兆円)と示されました。
これらの数値が今年はどうなるのか。党指導部は、財政出動の拡張も辞さない立場を有していますが、今年はこの「3%」という比率がどうなるのか。現状維持か、拡張か。それ次第で、当局の景気下支えに対する本気度が見えてくると思います。
ポイント3:インフレターゲット
本連載でも度々検証してきましたが、近年の中国経済を巡る深刻な問題の一つがデフレです。昨年、CPI(消費者物価指数)は0.2%の上昇にとどまり、政府が目標として掲げた3.0%には遠く及びませんでした。
市場や世論でも、GDP実質成長率の目標が達成されるか否かには注目が集まり、その結果についても大いに議論されますが、CPIについては、驚くほど注目、議論されないと私は感じています。実際に、昨年も、おととしも、中国政府が定めた3%というインフレターゲットを、物価上昇率は大きく下回っているのです。
そんな中、今年はどの程度に目標が設定されるのか。仮に3%だとしたら、現実離れしていると言わざるを得ませんし、下方修正するとしたら、それは中国共産党指導部が、自国経済がデフレに陥っていることを認めている一つの判断基準になります。要注目です。
ポイント4:景気刺激策
昨年12月の中央経済工作会議を含め、中国政府は今年、「適度に緩和的な金融政策」や「従来以上に積極的な財政政策」などを武器に、景気を刺激・支援する意向と方針をすでに随所で示しています。全人代でも、基本的にはこれらの立場が再確認、再主張されることと予測します。
一方、中央政府によるマクロコントロールや景気刺激策を巡り、これまで見られなかった文言や主張が見られるようであれば、それは重要なシグナルになります。当局の景気動向に対する見方や対策を判断する上で有益な情報になると思います。
ポイント5:国防費
経済成長率と同様、毎年の全人代で、特に海外メディアが注目するのが国防費です。2024年の国防予算(中央政府分)は前年比7.2%増の1兆6,655億元(約34兆8,000億円)でした。日本の防衛費の約4.4倍に当たります。経済成長率が5%前後をさまよう中、7%を超える国防費をねん出している現状は注視すべきです。
習近平(シー・ジンピン)氏率いる共産党指導部が、経済よりも軍事を優先する、軍事的拡張政策を取るといった事態になれば、当然、地域における経済や安全保障といった観点からも、日本の繁栄と安全に影響が生じます。
米国との覇権争い、「台湾統一」に向けた政策を占う上でも重要な指標になります。
ポイント6:台湾工作
私の理解では、台湾問題は全人代で主要なテーマではありませんが、それでも首相が発表する「政府活動報告」には必ず台湾政策に関するセンテンスがあります。今回、従来とは異なる表記や主張が見られるのかに注目したいと思います。
例えば、「台湾統一」の方法が平和的であるのかどうか。武力行使をどう認識しているのか。いつ、どのように併合しようとしているのか、台湾の政治状況をどう認識しているのか、といった点を巡る習近平氏の立場がうかがえると思います。
経済情勢や軍事動向との関連でも、台湾工作に関する党指導部の意向や立場は重要です。中国がどこへ向かおうとしているのかを分析する上で参考になることが多いです。
ポイント7:法律
全国人民代表大会というのは国会、すなわち立法機関ですから、法律を巡る審議は非常に重要なテーマになります。今年の全人代で、新たな法律が提案、審議されるのかどうか、私は注目しています。
例えば、中国政府はすでに「民営経済促進法」の草案を発表していますが、今回の全人代で何らかの審議や採択が行われるかどうか。あるいは、台湾問題関連で、何らかの新たな法律が出てくるのかどうか。中国というお国柄、立法の背後にあるのはまぎれもない国策であり、習近平氏率いる共産党指導部の現状認識や戦略目標の一端が垣間見えると思います。
ポイント8:習近平
やはり中国の最高指導者・権力者であり、「14億分の1の男」である習近平氏の動向にはしっかり注目したいと思います。全人代の中で最も重要な「政府活動報告」は首相(国務院総理)が担うため、国家主席、総書記、中央軍事委員会主席の習近平氏が全人代開催期間中、何か特別なアクションを取ることはありませんが、それでも、地方自治体や解放軍が主催する分科会に参加したり、各種報告や審議を聞いていたりといった場面で、どのような表情や仕草をするのか、誰とどんな会話をするのかなどをうかがうことは可能です。
14億の民を率いる習近平氏の心身のコンディションがどんな具合なのか。中国がこれからどんな道をどう突き進むのかを判断する上で核心的に重要なテーマです。私なりに、密に注視していきたいと思います。