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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
習近平氏が6年ぶりに民間企業座談会を開催。ジャック・マー氏との「固い握手」が意味すること

習近平総書記が約6年ぶりに「民営企業座談会」を主催

 2025年2月17日、北京・人民大会堂。

 この日、習近平(シー・ジンピン)総書記自らが主催し、重要談話を発表する形で、「民営企業座談会」と称されるイベントが行われました。前回この座談会が開催されたのは2018年11月1日ですので、約6年ぶりです。

 2023年7月、中国共産党中央と国務院は『民営経済の壮大な発展を促進するための意見』と題したガイドラインを発表し、民間セクターが中国の経済成長で果たすべき役割を強調しました。

 2024年10月には、民間企業の市場参入や公平な競争を促すといった動機で定められる『民営経済促進法』の法案を公表しました。景気が低迷する中、民間企業が資金調達をしやすくするような内容も盛り込まれています。私は、今年のどこかのタイミングでこの法律が施行される可能性が大いにあると考え、注目しています。

 中国経済における民間企業の重要性については、さまざまな議論がありますが、中国の企業家の間でしばしば提起されるのが「56789」というものです。
 何を意味するかというと、(若干大ざっぱですが)中国経済において民間企業は

  • 税収の50%
  • GDP(国内総生産)の60%
  • イノベーション(技術革新)の70%
  • 都市部における雇用の80%
  • 企業数の90%

を占めるとされています。これらの比率をどう分析するかに関しても、意見が分かれるでしょう。私なんかは、「企業数の9割を占める民間企業が5割の税収しか払ってないのか」という視点から、「中国共産党が生き残る上で、やはり国有企業が重要ということだな」といった見方をしています。

 今回の座談会開催後、市場関係者の間で議論された習近平氏による「民間企業重視」は、決して「国有企業軽視」にはならないし、つながりもしないということです。この点は、社会主義市場経済という前代未聞の特殊な政治経済システムを構築した中国の経済政策、情勢、動向を理解する上で重要なポイントだと思います。

 習近平氏は重要談話において、「今日、我が国の民間経済はすでに相当大きな規模を形成し、重い分量を占めている」と提起した上で、昨今の民間経済が直面している困難や課題というのは局地的、短期的なものであり、決して克服できないものでもないと主張しました。

 それと同時に、この日集まった民間企業の出席者たちに、中国企業として、その事業や行為は「愛国的」であるべきこと、また企業による違法行為は必ず取り締まるといった「上から」の要求も施していました。民間企業だからといって野放しにはしないという一種の「警告」だと理解できます。

注目された「民営企業代表」とその顔触れ

 この日のイベントの名称は「民営企業座談会」ですから、当然、民間企業の関係者が出席し、発言をしました。中国というお国柄、習近平氏という最高指導者が主催するこの手の座談会に招待され、発言の機会を与えられることは実質「プライスレス」であり、企業側はそこに過度の期待をかける傾向があります。もちろん、企業側に出席や発言を申し出る権限はなく、あくまでもお声がかかるのを待つしかありません。

 一方で、誰が出席しているかという事実を確認し、その内訳を分析することで、習近平氏率いる中国共産党指導部の「経済観」が見えてくるという一面もあります。中国経済がどこに向かっているのかを判断する上でも、この手の座談会を丁寧に見ていくことは極めて重要だということです。

 注目すべきは、習氏ら国家指導者の正面、第一列に座った14名の出席者です。

 習近平氏の真正面、最も中心の席に座ったのは、通信機器大手・ファーウェイの任正非氏。その両脇に、EV大手・BYDの王伝福氏、中国最大の食料品サプライヤーである新希望の劉永好氏が座りました。また、習氏に対するプレゼンテーションを許されたのは、この3人以外に、半導体大手・韋爾(Will Semiconductor)の虞仁荣氏、ロボット開発大手・宇樹科技の王興興氏、そしてスマホ大手・シャオミの雷軍氏でした。

 その他、EV電池メーカー大手・CATL(寧徳時代)の曾毓群氏、テンセントの馬化騰(ポニー・マー)氏、アリババの馬雲(ジャック・マー)氏、そして、AI(人工知能)分野におけるゲームチェンジャーになるかのごとく勢いに乗るDeepSeekの梁文峰氏も第一列に座っていました。

 2025年に入って、最も注目されている企業といっても過言ではないDeepSeek社、そしてその創業者である梁文峰氏に対して、習近平氏が政治的にお墨付きを与え、「がんばれ」と鼓舞しているということです。

 今回の陣容を俯瞰(ふかん)して私が重要だと思った点をいくつか書き留めておきます。

  • ファーウェイは中国で最も重要な企業(の一つ)
  • AI(DeepSeek)の台頭も極めて象徴的
  • CATLやBYDはグリーン経済を象徴
  • 半導体や食料は国家戦略の観点からも欠かせない

 ポニー・マー氏率いるテンセントは、やはりなんやかんやでこういう舞台にしっかり入り込んでくるし、相変わらず安定感があるなという印象を持ちました。

ジャック・マー氏の登場と習近平氏との「固い握手」

 そして、やはり目を引いたのは、本連載でも度々登場していただいている、アリババの創業者・馬雲(ジャック・マー)氏が参列していたという事実です。座談会が終わり、習近平氏が企業家たちのもとへ駆け寄ると、マー氏とも固い握手を交わし、一言二言会話もしていました。

 マー氏と言えば、その歯に衣着せぬ発言や、大胆不敵な行動が注目され、時に中国当局から「目の敵」にされてきた経緯もあります。

 アント・フィナンシャル社の上場が「延期」になったり、突然行方をくらませたり、二度と中国に戻れないのではないかという臆測が流れたりと、特に近年、その一挙手一投足に注目が集まってきました。

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 今回、マー氏が習近平氏主催の座談会の第一列に参列し、かつ習氏と握手をした。しかも、参列や握手といった場面がCCTV(中国中央電視台)という権威ある国営テレビによって放映された。これらの事実を持って、マー氏やアリババ社は政治的に安全だという定理が基本的には成り立ちます。

 アリババのような企業、マー氏のような起業家を、中国共産党指導部として見捨てる、突き放すのではなく、寄り添う、取り込むことによって、米中対立&テクノロジーの時代において、独自の役割を果たし、お国に貢献してもらおうという考えなのだと思います。

 その意味で言うと、市場や世論も注目しているように、アリババ社はここに来てAI開発に力を入れている現状は注目に値します。アップル社のティム・クックCEOが、中国事業におけるAI提携先として、アリババ社を選ぶのではないかという情報が流れていますが、習近平国家主席主催の「民営企業座談会」におけるマー氏の登場と、習氏との固い握手という場面が、クック氏の戦略や判断にどう影響するのか。注目したいと思います。