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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「日本銀行が利上げを急ぐ理由 ~労働供給制約下の金融政策~」
日銀執行部の考え方を代弁する田村審議委員の講演
日本銀行の田村直樹審議委員が2月6日に長野県で講演を行い、「企業の賃金設定行動にパラダイムシフトが起こりつつある」と述べた上で、金融政策運営の先行きについて、以下のように説明しました。
2025年度後半の1%の水準を念頭に置きながら、「物価安定の目標」の実現する確度の高まりに応じて、適時かつ段階的に短期金利を引き上げつつ、経済・物価の反応を丁寧に確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要があると考えています。
(出所)日本銀行
これは、いまの日本銀行執行部の考え方を代弁していると見ることができます。まず、「2025年度後半の1%の水準」というのは中立金利(景気に引き締め的でも緩和的でもない金利水準)であり、田村委員も指摘する通り、「最低でも1%」がコンセンサスだとみられます。
そして、「『物価安定の目標』の実現する確度の高まりに応じて」というのは、これが日銀ウオッチャーにとって最もくせ者なのですが、次の利上げのタイミングを決める理由であり、春闘やサービス価格の上昇、日銀支店長会議の情報など、要は動きたいタイミングでもっともらしい理由が都度選択されます。
最後に、「経済・物価の反応を丁寧に確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要がある」という部分ですが、実はこれが最も重要な点で、中立金利の正確な水準なんて分からないという考えが背景にあります。少し詳しく説明しましょう。
中立金利というのはあくまで概念上の話であり、実際に何%か観察することができません。日本の場合、政策金利の中立金利は1~2.5%と言われ、推計方法によってかなり幅があるのが実情です。とても特定の値を設定して金融政策運営に使えるというような代物ではありません。
FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長が1月の記者会見で「中立金利はその影響によって知ることができる」と述べたように、中立金利に近づいたと思われる段階になって、経済などへの実際の影響を確認しながら慎重に見定めていくしかないのが現実です。
だからこそ田村委員も、「経済・物価の反応を丁寧に確認し、適切な短期金利の水準を探っていく必要がある」と述べているわけです。
従って、ここから得られる結論はこうなります。「最低でも1%」とみられる中立金利までは政策金利をできるだけ速やかに引き上げ、その後は慎重なスタンスに切り替えた上で経済・物価の反応を丁寧に点検しながら中立金利の水準を探る。もし、中立金利がまだ高そうだとなれば適宜政策金利を引き上げる。
日銀はなぜ速やかに中立金利まで政策金利を引き上げたいのか
上の結論でなぜ「できるだけ速やかに」と書いたか、説明したいと思います。1月のMPM(金融政策決定会合)で公表された「経済・物価情勢の展望(2025年1月)」(以下、展望レポート)にヒントがあります。
1月の展望レポートで日銀が最も伝えたかったメッセージは何かというと、田村委員が講演で「企業の賃金設定行動にパラダイムシフトが起こりつつある」と述べている通り、日本経済が労働供給制約に陥っているという点です。
労働供給制約とは、簡単に言うと人材確保が難しくなっているということですが、そのため企業が賃金を引き上げる傾向が強まっていることに加え、人材確保が困難となっていることが成長を抑制しているため、GDP(国内総生産)ギャップなどの表面的な数字以上に物価が上がりやすくなっているということを、展望レポートはさまざまな角度から分析しています。
分析の結果、展望レポートが出した結論は、「多くの業種で企業が労働の供給制約に直面しつつある状況を踏まえると、マクロ的な需給ギャップが示唆する以上に、賃金や物価には上昇圧力がかかるとみられる」というものであり、日本銀行政策委員会の物価上振れリスクに対する意識はかなり強まっています。
従って、政策金利が景気に中立的な水準より低い状態が長く続けば続くほど、物価の上振れリスクはますます高まるわけですから、できるだけ速やかに政策金利を中立金利まで引き上げたいと日銀は考えている、ということになります。