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著者の今中 能夫が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「2025年の米国ハイテク株投資を展望する_PART2(トランプ新大統領就任前に米国経済の現状を確認する)」
毎週月曜日午後掲載
本レポートに掲載した銘柄:TSMC(TSM、台湾、NYSE ADR)、マイクロソフト(MSFT、NASDAQ)、アルファベット(GOOGL、GOOG、NASDAQ)、アマゾン・ドット・コム(AMZN、NASDAQ)、テスラ(TSLA、NASDAQ)、パランティア・テクノロジーズ(PLTR、NASDAQ)
1.トランプ氏とマスク氏の発言がおかしい。領土拡大?戦争?
今回は先週の続きですが、先週告知した米国の個別セクター、個別銘柄の分析ではなく、米国経済の足元の状況を確認した上で、トランプ新政権の課題を改めて考えたいと思います。米国経済の動きが強く、トランプ新大統領就任後の米国株式市場に向き合うには、米国経済の実情を把握する必要があります。ところが、この1~2週間のトランプ氏と第2次トランプ政権の最重要閣僚と目されるイーロン・マスク氏の発言がおかしいのです。
1月20日にトランプ新大統領の就任式がありますが、1月10日に公表された2024年12月の雇用統計をみてもわかるように、米国経済の足元の状況には強いものがあります。トランプ氏がこれまで主張してきた公約、即ち中国とその他の国々からの輸入に対して関税を引き上げる政策を実施すると、インフレが再燃しかねない情勢と思われます。
そして、この問題を解く能力がトランプ氏にあるのか、最近のトランプ氏の発言を聞くと疑わしいというのが私の現時点での意見です。要するに、グリーンランド、カナダ、パナマ運河の領有、併合など、領土を拡大したいという発言を聞く限り、現段階では米国国民の多くが抱える諸問題、物価高、家賃や住宅価格の上昇、雇用不安などの問題を解決することができるのか、疑わしいというのが私の意見です。これは第2次トランプ政権の重要ポストである政府効率化省のトップになる予定のイーロン・マスク氏も然りであり、ヨーロッパに対して露骨な内政干渉ととれる発言をしています。米国国民がトランプ氏を大統領に選んだのは、他国を侵略してほしいからではないはずです。
先週指摘したように、議会運営の難しさ、特に下院運営の難しさを考えると、あくまでも最悪の場合ですが、第2次トランプ政権はまともな政策ができないまま4年間を過ごすことになりかねません。それに対する国民からの批判に対して国民の眼を外に逸らすために、トランプ氏が同盟国、友好国、周辺国に対して侵略戦争を仕掛けるという事態になることが全くないとは言えないというのが現時点での私の意見です。もちろん、目の前の生活の困難という問題を抱えた多くの米国国民がトランプ氏の思惑に従うとはとても考えられません。
大統領就任後のトランプ氏の言動を詳細に観察する必要があります。
2.米国経済の現状を確認する。米国経済が強い中で、FRBは利下げした。
以下は米国経済の足元の状況を示す主要な経済統計と金融指標です。
1月10日に公表された2024年12月の雇用統計(非農業部門雇用者数前月比、季節調整済み)は市場予想の約16万人増を大幅に上回る25.6万人増となりました。11月の21.2万人を上回るものであり、米国経済の強さを示していると言えます。
2024年12月11日公表の2024年11月の米国消費者物価指数は前年比2.7%増となり、10月の同2.6%増からやや伸びが高くなりました。食品、エネルギーを除くコア指数は10月前年比3.3%増から11月同3.3%増と伸び率は同じでした。家賃の上昇が続いており、賃金水準は上昇していますが、全労働者の時給が物価上昇に応じて上昇しているわけではないため、物価高によって月を追って生活が苦しくなっていると感じる労働者が増えていると思われます。
2024年12月のFOMC(米連邦公開市場委員会)で、政策金利の0.25%の利下げが決まりました。2024年12月の雇用統計の強さを考えると、当面は利下げ余地が小さいと思われます。12月の雇用統計が発表された後、米国10年国債利回りは上昇し、4.7%台となりました。トランプ新政権の関税引き上げや不法移民の強制送還が実現すれば、雇用はさらに増加すると予想されますが、インフレが再燃し、長期金利も上昇し、結局はトランプ政権の支持基盤である中低所得の労働者の生活が苦しくなることになりかねません。インフレがひどくなった場合は、それを抑えるために利上げの必要性も出てくる可能性がありますが、トランプ氏は利下げ論者なので利上げしないままインフレが激しくなることもありうると思われます。
そうなった場合、国民の眼を国の外に向けさせるために、トランプ氏の領土拡大への野心が一層激しくなることも予想されます。ただし、米国の多くの国民にとっての問題は、物価高、家賃と住宅価格の高さ、住宅ローン金利の高さ、不法移民に起因する雇用の不安定さ、犯罪の多さ(これについてはトランプ氏が選挙に勝ったことで解消され始めています)など、もっぱら国内問題なので、トランプ氏とマスク氏がその問題を領土拡大にすり替えようと意図しているとしても、それは的外れな行動になると思われます。
また、民主党政権の経済政策による、強い経済ではあるが物価と家賃も高い経済、FRB(米連邦準備制度理事会)の利下げは、トランプ氏にとってかなり重たい置き土産になると思われます。
トランプ氏の公約、政策、政治的主張
- 対中国輸入関税を60%へ引き上げる。全輸入品に対して10~20%の一律関税をかける。中国を最恵国待遇から除外する。ドル安政策。
- 富裕層向け減税(トランプ減税)の延長(2025年末に期限を迎える)。法人税率を21%から15%または20%へ引き下げる。チップ収入の非課税化。
- パリ協定離脱。化石燃料生産を巡る規制撤廃。太陽光発電の普及拡大。EV税控除の廃止。
- 不法入国者への取り締まり強化。合法的な移民ビザの発給制限→不法移民の大量強制送還?
- 利下げや規制緩和を通じた住宅取得費用の軽減。
- AI開発や仮想通貨に対する規制緩和。
- 人工妊娠中絶の規制は各州が判断すべき。
- 2022年インフレ抑制法とCHIPS・科学法を廃止にしたい。
グラフ1 米国雇用統計:非農業部門雇用者数前月比

グラフ2 米国の消費者物価指数:前年比

グラフ3 米国の政策金利

グラフ4 米国10年国債利回り

グラフ5 米国の10年実質金利

3.米国下院議席の問題が大きくなると思われる。4月以降の補欠選挙の勝敗に注目したい。
前回も指摘しましたが、共和党所属の下院議員3名がトランプ政権に参画するため、あるいは指名を辞退し議会には復帰しないと決めたことで、4月以降に3名の補欠選挙が実施される見通しです。この3議席について共和党所属の「トランプ派」が当選したとしても、共和党220、民主党215で現状維持であり、トランプ氏に対する不満が溜まり造反がでると共和党が提出した法案が成立しなくなる可能性がでてきます。
また、4月までに何らかの政治的成果がなければ、3議席について民主党所属議員が当選し、共和党217、民主党218となり、1議席差で民主党が過半数を占めることになりかねません。しかし、物価、住宅、雇用のいずれもが短期間での成果は難しいものばかりと思われます。
トランプ新大統領はバイデン大統領がそうであったように大統領令に頼ることになると思われますが、法律を作らなければならない場合は、かなりの苦労を強いられると思われます。その結果、国内政治が停滞すれば、2年後の上下両院選挙にも影響すると思われます。2年後の上下両院選挙で共和党が負けた場合、最悪の場合ですが、4年間大したことができない大統領になりかねませんが、その場合反動で国内政治、国際政治ともに、最近の領土問題のような過激な主張が出てくる可能性もあると思われます。
このようにトランプ氏の4年間は米国にとっても、米国の同盟国、友好国、周辺国にとっても、リスクの大きいものになる可能性があります。
2024年米国大統領選挙の結果
- ドナルド・トランプ氏勝利
- 選挙人獲得数は、トランプ氏312、ハリス氏226
- 得票数はトランプ氏7,730万3,573票(49.9%)、ハリス氏7,501万9,257票(48.4%)
- 州ごとに見ると、トランプ氏勝利30州、ハリス氏勝利20州
- 激戦州である、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダの7州は全てトランプ氏が勝利
- 大統領就任式は2025年1月20日。
大統領選挙と同時に行われた上下両院選挙の結果
- 上院は共和党53、民主党47(改選前は共和党49、民主党51)
- 下院は共和党220、民主党215(改選前は共和党220、民主党212)
4.2024年10-12月期決算発表シーズンの見所。TSMCに注目したい。
このような状況の中で、2024年10-12月期、2024年11月-2025年1月期決算発表シーズンを迎えます。
私から見て今回の決算シーズンの最重要決算は、1月16日のTSMCです。TSMC自体の業績動向、特にAI半導体の動きも重要ですが、2025年12月期の設備投資計画も重要です。AI半導体の生産能力増強が続いていると思われますが、それがどの程度設備投資の増額に結びついているのか、スマートフォン向けの設備投資はどうなのかです。TSMCの設備投資動向は半導体製造装置各社にとって重要になります。もちろん、2月26日のエヌビディアにも要注目です。
生成AIについては、1月28日のマイクロソフト、2月4日のアルファベット、2月6日のアマゾン・ドット・コムの決算が注目されます。また、1月29日のサービスナウとIBMも注目されます。サービスナウはDX用システムをクラウドサービスで提供しており、この分野で存在感のある会社になっていますが、早期に生成AIをシステムに取り入れました。また、IBMは企業や官庁の情報システムにAIを組み込むことに経験が豊富な会社です。この2社の業績に注目したいと思います。
(注:DXはデジタルトランスフォーメーションの略。企業が、 ビッグデータなどのデータとAIやIoTを始めとするデジタル技術を活用して、業務プロセスを改善し、製品、サービス、 ビジネスモデル、組織、企業文化、風土を改革し、競争上の優位性を確立すること。)
トランプ新政権スタートに伴い、1月29日のテスラ、2月3日のパランティア・テクノロジーズの決算と会社側の発言にも注目したいと思います。テスラについては、低価格EVの生産、販売計画を確認したいと思います。
表1 2024年10-12月期、2024年11月-2025年1月期決算発表スケジュール

注:表中の予定は予告なく変更されることがある。
本レポートに掲載した銘柄:TSMC(TSM、台湾、NYSE ADR)、マイクロソフト(MSFT、NASDAQ)、アルファベット(GOOGL、GOOG、NASDAQ)、アマゾン・ドット・コム(AMZN、NASDAQ)、テスラ(TSLA、NASDAQ)、パランティア・テクノロジーズ(PLTR、NASDAQ)