これまでのあらすじ
信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始め、毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。今のペースで投資を続ければ老後はなんとかなる、と安心した二人が次に考えているのは住宅購入。家を買ったばかりの理香の後輩に紹介してもらった不動産屋に行くことになった二人は…。
「いらっしゃいませ。高橋さまのご紹介の藤元様ですね?」
理香の後輩、高橋涼子の紹介してくれた不動産会社へ、おずおずと足を運んでみた二人は、勧められるままにテーブルに着いた。事務所内にはキッズスペースもあり、事前に言い含めておいた健は美咲に絵本を読んでやり始めた。
「沿線やエリアなど、ご希望はもうお決まりですか?」
ニコニコと笑う担当者は、理香の後輩の、涼子の住宅購入も担当した営業マンだ。
「それが、明確に絞り切れていない状態で。逆に皆さん、どんな感じで決めていかれるんですか?」
信一郎は頭をかきながらいう。「大丈夫ですよ」と営業マンはにこりと笑って、付箋を取り出した。
理香にはピンク、信一郎にはブルーの付箋とペンを渡す。
「ここに、お二人の住みたい家の条件を書いてみてください。マンションか戸建てか、価格はいくらくらいか、なんて、あとから決めても大丈夫。まずは譲れない情報を書き出して、お互いの条件を突き合わせて、優先順位を決めていくことから始めましょう」
それはいい手だ。おそらくかぶっている点もあるはずだ。それぞれの条件を突き合わせようと、二人はうなずきあい、黙ってペンを走らせた。
「重なってる条件、いくつかありますね」
出そろった付箋を見て、営業マンはニコニコと笑った。
「ほんとね」
「これとこれはイコールだな」
信一郎が、似たようなことを書いてある付箋を動かす。
「ただし、[近い]、[便利]、というキーワードについて、お二人で刷り合わせをしたほうがいいと思います」
と営業マンは言い、類似するが微妙に異なる付箋に赤いシールを貼った。
「奥様の[近い]は5分で、旦那様の[近い]は10分かもしれない。便利とはどういう状態なのか。たくさん店があればいいのか、近くに1店舗でも大きい店があればOKか…」
営業マンの言葉に、二人は顔を見合わせた。
「確かに。そこが食い違ってたら意見は合わないよな」
「そこをすり合わせたうえで、絶対に譲れない条件と、譲ってもいい条件を選択することをおススメします」
「いらない条件も振り落としましょ」
理香は信一郎の「書斎が欲しい」という付箋を眺めながら言う。気持ちは分かるが、この中では最も優先度が低い条件だ、と理香は鼻を鳴らした。
「では、さっそくなんですが、一件、内見に行ってみませんか?」
営業マンがファイルを取り出して言う。
「ここから徒歩2分くらいに、中古ですが、弊社が取り扱っているマンションの空き物件があります。4LDKでリフォーム済みなんですが、具体的に物件を見る、という経験をしておきませんか?」
物件を見る練習をしておくと、チェックポイントを整理したり、イメージをしやすくなりますよ。
そういわれて二人はうなずいた。
「子供たちは?」
「ぜひ一緒に行きましょう。お子さんの意見も大事ですよ。家は、家族みんなで決めるものです。優先順位会議に、ぜひ健君も入れてあげてください」
そういわれ、一家はいそいそと立ち上がった。