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著者の田中泰輔が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「【円相場】まるっと見通す 円高円安大波乱(田中 泰輔)【楽天証券 トウシル】」
今回のサマリー
●11月前半の円安、後半の円高は、米金利を主動因として説明可能
●日銀利上げ観測など副次的要因での円高は、投機筋の浮足立ち具合の反映
●ここからの円相場は「米景気×トランプ2.0」という不透明下での米金利次第という悩ましさ
●それでも2025年は、米景気・株・金利しっかり、ドル/円底堅く、日本株も支持と前向きスタートか
円高・円安をもたらす要因
ドル/円は、7月の162円目前のピークから、8~9月には140円割れまで反落しました。そこから10~11月前半に156円台まで反発し、さらにまた148円台に再反落しています。相場は行ったり来たりの波動が基本力学ではあります。ただし、このドル/円の動きには、明確なシグナルが存在します。それは米金利です。ドル/円の中短期の相場変動の大半は、米金利で読むのです。
図1を見れば、ドル/円が米金利に沿って動いているのは明白でしょう。ただし、細部を見れば、7月中に米中長期債金利が反落しているのに、ドル/円は上伸しているといったズレも見られます。実は、相場の局面によって、ドル/円相場が反応する金利が異なる典型的なケースです。
図1:米主要金利とドル/円
通常の景気サイクルにおいて、中長期金利の動きは短期金利(政策金利)に先行します。中長期金利は、その5年とか10年など期間に応じて、将来の金利まで織り込んでいるので当然の現象です。
景気回復の初期には、政策金利はまだ低いまま動かない一方、中長期金利は上がり始めます。為替市場の投機筋は、米中長期金利の上昇をシグナルとして、ドル買い円売りに動きだします。景気拡大局面に、政策金利が上がり始めても、ドル/円のシグナルとしては、先行して上昇する中長期金利の方が先シグナルとして注目されやすいでしょう。
しかし景気終盤には、政策金利は最も高い水準にある一方、中長期金利は先行して下落し始めます。この時、米景気が底堅いとみられる間は、中長期金利が軟化しても、政策金利は高いままという見方が続きます。投機筋は、米日金利差を狙う円キャリー(ドル買い円売り)はまだまだ魅力的であり、ドル買い円売りを継続しがちでもあります。
ところが彼らも内心では、中長期金利の低下も意識しており、米景気指標の陰りなど悪材料が確認されると、浮足立ち、円キャリーポジションの売り逃げ(ドル売り円買い)に走って、相場なだれを引き起こしやすくなります。このステージのドル/円なだれは、通常はドル/円相場に効かないとされる日本当局の為替介入や日本銀行の金融引き締めがきっかけにもなります。
要は、米金利が下方転換しようかというステージは、米金利をドル/円変動のシグナルとみる投機筋の行動を、まだまだ政策金利は高止まるという浮かれ具合と、中長期金利が下がっていずれ政策金利も追随かと不安になって浮足立つ具合を、見比べながら判定し、相場の潮目をつかみます。
7月には、円キャリーは止まらないとして、ドル/円が165円にも170円にも進むだろうという声がありました。米金利が反発するなら、その可能性も排除はされません。しかし実際には、140円割れまで反落し、相場は大なだれを起こしました。ドル/円と金利の関係を正しく理解していれば、相場なだれを含む反落リスクを警戒すべきという明快なシグナルと考えることができたでしょう。
最近の円高を側面支援した要因
7月の円高も、11月後半からの円高も、米金利の低下に沿って起こっています。ただし、この投機筋が浮足立つ場面には、普段あまり気にしなくてよい副次的な要因も、ドル/円なだれのきっかけになったり、側面支援する力になったりします。
11月後半のドル/円急落の主因について、再確認しておくと、米金利反落、それに浮足立った投機筋の売り逃げでしょう。トランプ相場での長期金利先高感が一服して、債券の買い戻しによる金利低下がまず起こりました。続いて、トランプ2.0での新財務長官にベッセント氏が指名され、段階的な関税引き上げ、財政赤字のGDP(国内総生産)比3%への削減という穏当な政策ステップが、長期金利の上昇を抑えるという期待で、債券の買い戻しがさらに促されました。
これに加わった側面支援要因は、まず、日銀の利上げ観測です。実は、米金利上昇で円安の場面なら、利上げを示唆(しさ)する植田和男日銀総裁の発言も、一瞬の円反発で済むケースがほとんどでしょう。日本の低金利水準からすると、日銀が上げる金利自体の為替インパクトは限定的と考えられるのです。しかし、米金利低下でドル/円が下がり始めると、買い持ちの投機筋は不安を募らせ、円高要因と思えば些少なことにもビクついて、売り逃げに走りやすくなるのです。
今回の側面支援要因をもう一つ挙げると、ユーロなど他通貨の下落が指摘されます。日本以外の大半の国には、十分プラスの金利があります。その通貨の対ドル相場は、その国の金利と米国の金利の差で読むのが基本です。図2は、ユーロ/ドル相場と独米金利差です。これだけ連動していれば、他の要因をあれこれ臆測する意味もないと言って過言でないでしょう。
図2:独米金利差とユーロ/ドル
もちろん、この金利差が動く背景を把握しなければなりません。かいつまんで言えば、米国では景気指標が堅調になった上、トランプ2.0期待で、経済はしっかりで、金利も下げ渋るという見方が強まりました。他方、欧州では景気悪化、特に中核国であるドイツ経済が弱いことで、金利の先安見通しが強まりました。
こうしてユーロ安になると、仏政局の混迷やウクライナ情勢など副次的要因が殊更に強調されもします。しかし、これは相場追認で誇張されやすいことを留意してください。つまり、相場が下がれば、下げ相場の説明に都合の良い要因が並べられて、なぜ下がったかを別の言葉で解説しているだけです。ユーロ相場をほぼ対米金利差で説明できるなら、他の要因は副次的な要因、あるいは金利を動かす背景要因と見ておけばよいでしょう。
なお、対米金利差の変化に伴う他通貨の下落は、ユーロに限らず、観察されています。また、メキシコ・ペソのように、トランプ次期大統領とメキシコの摩擦への懸念で、下落が目立つ通貨もあります。
円は、米金利のみに密接に連動し、11月後半の米債券金利反落に素直に反応しています。一方、ユーロのように対米金利差が効く通貨、メキシコ・ペソのように対米摩擦に脅かされる通貨が、対ドルで下落すると、「円>ドル>ユーロやペソなど他通貨」の序列が発生しました。市場には、ユーロ/円やメキシコ・ペソ/円など、これら他通貨に対する円キャリー取引もあります。このため、他通貨の下落が円ショートの巻き戻し(円買い)を誘発し、円高を側面支援する連鎖も見られます。
ここからの円相場
円相場はここからどうなるか、この問題を解くカギは「米金利」ということは、もう説明を必要としないでしょう。
FRB(米連邦準備制度理事会)は、インフレと雇用の状況を踏まえて、政策金利を動かします。選挙でトランプ氏が勝利する前までは、インフレはゆっくり軟化し、現在もかなり高水準にある政策金利を慎重に引き下げていくスタンスでした。8月までの景気指標の弱振れを見た9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)では0.5%幅の利下げ、景気指標が好転した後の11月FOMCでも0.25%の追加利下げを決めました。
ここで留意するのは、第1に、トランプ2.0の政策が景気・金利にどう影響するかです。足元では、米景気指標はしっかりし続けており、市場は2025年利下げ見通しを後退させています。新財務長官の穏当な政策ステップなら、市場の過剰反応も抑えられるかもしれません。しかし、トランプ氏も側近も強烈な個性を持ち、穏当な財務長官がすんなり受け入れられずに辞任…など、単に政策の効果を読むだけではないリスキーな事情が多過ぎます。
FRBは、政策金利の今後について、景気・インフレのデータ次第という立場をとり続けてきました。つまり彼らも、経済と金利のトレンドをつかめずにきたところに、トランプ2.0の突飛に強烈な政策がどう実現していくかという不確実性が重なるのです。
従って、今できることは、12月FOMCで公表される経済見通しとドットチャートに基づいて、おそらく緩やかなドル/円軟化をベースシナリオに置くというまでと考えています。そして、経済の「データ次第」で動く「金利次第」として、ドル/円相場をフォローしていきます。
第2は、景気自体の自律サイクルがどうなるか、それが金利にどう響くかです。米景況感は2024年だけでも、年初は下向き、1~4月は次第に上向き、5~8月は下向き、9月は様子見で、10月以降はまた上向きと変転しています。
筆者は、そこに米政府統計の季節調整のゆがみというテクニカルな問題への疑いを残しています。もしこの見方が正しいなら、2025年にもまた、景気指標の悪化が続く場面があり得るということになります。実際に景況感が悪化し、株安ともなれば、相場追認でトランプ2.0政策の負のサイドが強調されやすくもなりえます。この時には、FRBが利下げペースを速める展開があり得ます。
12月になると、新年の相場見通し特集があちこちで組まれます。メディアの企画で、2025年末の予想水準を問われた専門家は回答し、ずばり円高、ずばり円安と解説もします。ただし、予想が確からしいと思える場面と、確信を持ちにくい場面があることをご留意ください。2025年はFRB当局者にも、市場の専門家にも、不確実性が大きいと言わざるを得ません。
それでも、「2025年は景気が良い、トランプ2.0は米経済に良いはず。そうであれば、米国株はしっかり、米金利は高め、ドル/円は一本調子の下落にならずに底堅く、日本株もサポートされるはず…」と前向きに臨もうとするなら、ヤレヤレと思うばかり。
先行きが不透明であっても、不安に押しつぶされるでも楽観で舞い上がるでもない、そんな健全なバランス感覚で相場を楽しめます、きっと。
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