これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始め、毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。今のペースで投資を続ければ老後はなんとかなる、と安心した二人が次に考えているのは住宅購入。理香の後輩が家を買った、という話を聞き、にわかに焦り始めた二人は、理香の後輩宅を訪問し、話を聞くことに…

「おじゃましまーす」

「本日はお招きありがとうございます!」

 理香と信一郎は、手土産のシュークリームと少し高級なワインを手に、理香の後輩、涼子の新居を訪れている。

 いつ頃家を買うと決めたのか、どうしてそこに決めたのか、と、興味津々の理香から、新居を決めるにあたっての質問攻めにされた涼子は、「もしよかったらうちで手巻き寿司パーティーしませんか?」と藤元一家を招待した。

「わぁ、いいの? 新しい家、見たい見たい!」

 とはしゃぐ理香に、「夫も交えて、うちでご飯食べながら、話せるところは話しますよ」と涼子が誘ってくれたのだ。

 にぎやかな手巻き寿司パーティーが終わり、子供たちどうしはすでに打ち解け、勝手に遊び始めている。

 大人は涼子に案内され、リビングのベランダに出た。

「きれーい。あ、窓からCITYタワーが見えてる!」

「はい。かなり遠いですけどね(笑)。夜になるとライトアップされてなかなかきれいですよ」

 最初は2Fの物件が開いた、という連絡を受けて内見をしていたのだが、内見日程を決めている途中で「9Fの一室が開く予定」という情報が入った。やはり9Fのほうが割高だったのだが、窓から見える風景を見て、迷わず9Fを選んだのだ、涼子は言った。

「2FからだとさすがにCITYタワーは見えないわよね」

 正しいと思う。と、理香は大きくうなずく。

「はい。もし万一、この先このマンションを売ることになったとしても、CITYタワーが見えるっていうのはけっこう大きな武器になるかなと思って」

「え、売るの?」

「はい。子供二人が独立して夫婦二人に戻ったとき、こんなに部屋数いらないし、そのときに資産価値が高いほうが絶対いいって思って」

 さすがだ、と理香はため息をつく。信一郎も、まさに自分の両親が直面している状況を、正確に予測している理香の後輩に感服している。

「…高橋さんたち、先見の明がありすぎですよ」

「涼子さんは仕事でもとっても優秀で、チームに彼女がいれば納品は遅延しないっていう伝説があるの」

 そんな…と照れながら、涼子は食後のコーヒーを入れてくれた。高橋夫婦と藤元夫婦はお互い向かい合って座る。

「家を買おうって思った理由は何? ここに決めた理由は? ほかに候補はあったの? ご夫婦で意見は一致してた?」

 ワクワクとリビングを見回しながら、理香が涼子に質問を開始した。

 まあまあ、と涼子は理香をなだめつつ、家選びの経緯についてゆっくりと整理を始めた。

 まずは第2子の妊娠が分かり、第1子を産んだ病院へもう一度通い始めたとき、「へえ、この駅周辺って進化してる…」と思ったのがきっかけだった、と涼子は言った。

「何度も通うとだいたい地理が分かってくるでしょう? 駅から病院まで周回バスが出ていて、バスの中から見ていて、治安もよさそうで、あちこちにスーパーやコンビニがあって便利そうだな、って思ったのが最初のきっかけかな」

 第1子を産んだときは、まるきり「ビジネス街」といった雰囲気だったのだが、第2子妊娠までの3年の間に、駅周辺にマンションが建ち、ビジネス街を中心とした、ドーナツ型の「住宅街」ができ始めていることに気づいたのだという。

「特急も止まるのに、住宅街としても整備され始めてるんだな、ココいいかもって思ったんです」

「僕も彼女の付き添いで何度か病院に通ううち、勤め先から一本で行ける点がすごく便利だなと思って。駅前に大きな家電量販店があるのも気に入りました」

 涼子の夫も横でうなずいて見せる。

「まずは場所から決まったのね」

 理香が感慨深げに言う。

「そうですよ。場所、大事! まず[ここ、いいな]と思って、沿線調査を始めたんです。ここだけじゃなくてほかにも似たようないい駅があるかもしれないから」

 出産までの間、医者から「よく歩け」と言われたのを利用して、涼子は、沿線の気になる駅に降りては周辺を歩く、という物件観察を目的とした散歩を繰り返したのだという。結果、やはりこの駅がいちばんいい、という結論に達し、今度は保活情報を収集し始めた。保活とは、「子供を預けられる保育園をゲットするための活動」だ。

「保育園いくつくらいあるんだろうとか、小学校どのへんかな、とか…。建設中のマンションがあったら、[もしここに住んだらどんな生活になるか]みたいな想定をいくつも考えてみたんです。そしたら、駅前で、不動産屋さんから新築マンションのチラシを渡されて…」

「あれ? 新築なのココ?」

 理香は首をかしげる。「中古だからあんまり外観、期待しないでくださいね」と事前に言われていたのを思い出したのだ。

「最初はその新築マンションのショールームに行ったのがきっかけで、今の不動産屋さんとつながりができたんです。ここは中古ですけど、中身はがんばってフルリノベーションしたんですよ」

 新築を売りたいはずなのに、「お子さんが2人になるなら、両隣や上下の居住者がどんな人かが分かっている中古物件のほうが、安心して入居しやすいかもしれませんよ」と冷静な意見をくれた不動産屋に「この人なら信頼できる」と納得して、理想の物件が出たら連絡をくれるように依頼をしたのだ、と涼子は真剣な表情で言った。

「新築だと、確かに[隣ガチャ]状態よね…」

「はい。新築は、全員が[初めまして]なので、すでにできあがってるコミュニティに入りづらい…みたいなことはなくて、いい点もあるんだけど、私は[うち、子供が2人いるので、うるさいかもしれませんがよろしく]って最初から言えたほうがいいな、って思って…」と涼子が言う。

 中古か新築かも大事な選択肢だ。理香と信一郎は大きくうなずきあった。

「それに、まだ住んでいる方がいる状態での内見だったので、今住んでいる人に周辺事情をいろいろ聞けたのも大きかったですね」

 涼子の夫がしみじみといい、理香と信一郎はびっくりした。

「え、誰か住んでる状態で内見したんですか?」

「中古だったらそういうケースも珍しくないらしいですよ。社会人と大学生のお子さんがいるご夫婦がキレイに住んでおられて、お茶をごちそうになりながらお話を伺ったんです」

 理香も信一郎も、予想外な展開に心底驚いている。新築のモデルルームへ行くことしか想定していなかったため、驚きの連続だ。

 小中高の学校が近いのか、買い物は便利か、夜になってからの治安は安全か、お隣さんや上下階の人はどんな人か…。ちょうど今の理香のように、元住人を質問攻めした涼子に、高齢のご夫婦はニコニコと答えてくれたという。やはり、夫婦で済むには大きすぎる間取りのため、子供1人が社会人に、もう1人が地方の大学に合格し、下宿が決まった段階で、売りに出していたのだという。

「金額も、不動産屋さんが立ち会ってはくれましたが、直接交渉したんですよ」

「ええー!!」

 二人は驚いて顔を見合わせた。

「予算から300万円ほどはみ出してたので、少しお安くなりませんか?って聞いてみたら、いいですよって」

 次に移る家がもう決まっていたらしく、早々と売り先を決めて引っ越したい、という事情があったらしい。

 50万円ほど価格をさげてもらい、内装や水回りをリノベーションしてもらうのに3カ月あまり。その間に涼子は出産を終え、3歳児と新生児を連れて、入居したという。家探しを始めてからは約半年で、あっという間に物事が決まっていった、と涼子の夫は苦笑した。

「ほとんど涼子が仕切ってくれたんで、僕は引っ越し隊長くらいしかしませんでした。あとは、引っ越しを機会に、新しい家電に買い替えたくて量販店に何度も行きましたよ」

「そのへんは夫のほうが得意分野なので、こういうのを選んできてってリクエストして丸投げしました」と涼子は笑う。

「先輩。住宅費はもちろんですけど、手続きにかかる諸費用や引っ越し代、家具新調なんかがけっこう重たいですよ。うち、タンスを処分してクローゼットにしてもらったり、出窓を二重窓にしたり、けっこうそこでお金が出ていきました」

 確かに。家を新しくしたらインテリアも一新したくなりそうだ。さわやかな色合いで揺れる新しそうなカーテンを見つめ、理香は腹をくくった。

「でも、長年持ってて、いつまでも作らないプラモデルとか、これを機会に捨ててよって言っても[いつか絶対作るから]って譲らなくて、今もクローゼットに山積みなんですよ?」

 涼子は嫌な目でちらりと夫をにらむ。涼子の夫は助けを求めるように信一郎を見つめ、その心理がよくわかる信一郎は深々とうなずいて見せた。

 家探しでは、夫婦間の価値観がもろに衝突しそうだ。理香が先走らないように、そして自分も石橋をたたきすぎないように、お互いが納得いく結論を見つけよう。信一郎はひそかに戦略を練りながら、出されたコーヒーを飲みほした。

住宅選び、譲れない点をすり合わせよう!<6-3>夫婦、住宅費を考える