※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「トランプ氏が「中国に10%の追加関税」表明。迷走続く中国経済にさらなる打撃か?」
トランプ氏がフェンタニル流入への報復措置として中国に10%の追加課税へ
トランプ次期大統領が11月25日、自らのSNSにおいて、中国からのほぼ全ての輸入品に対して追加で10%の関税をかけると投稿しました。その理由として、中国からメキシコなどを経由し合成麻薬「フェンタニル」が米国に流入していることを挙げています。同氏は投稿の中で、「中国と何度も話し合ったが無駄だった。これまでにない水準で米国に流れ込んでいる」と指摘し、薬物の流入が止まるまで、現行の対中課税に加えて10%の関税を課し続けるスタンスをあらわにしました。
同日、トランプ氏は互いに関税を撤廃しているメキシコとカナダに対しても、就任初日(2025年1月20日)に25%の関税を課すべく大統領令に署名すると宣言しました。前述したフェンタニルや不法移民の流入が終わるまで課し続けるとのこと。同氏自身が繰り返し主張する「アメリカファースト」や「MAGA(Make America Great Again)」といった政治スローガンに基づき、「有言実行」しようとしているということなのでしょう。
これに対し、中国政府は11月26日、外交部報道官名義で、「中国の麻薬撲滅政策は世界で最も厳格で、その執行も最も徹底している国の一つだ。フェンタニルは米国の問題であり、中国側は人道主義の精神に基づき、米国のフェンタニル問題対策に協力してきた」と指摘。
その上で、「米国側は中国側の善意を大切にし、簡単には実現しなかった両国間の麻薬撲滅を巡る協力の良好な局面を守るべきだ」とくぎを刺しました。
この日の声明文の中では、トランプ氏が10%の追加課税を課してくることについてはコメントしていません。ここ数日、中国世論を観察していた限りでは、トランプ氏が中国に10%の関税を追加するだけでなく、メキシコとカナダに25%の関税を課し始めるという主張のほうも強調しつつ、「中国だけが狙われるわけじゃない感」を訴えることで、トランプ当選を受けて米中関係や経済動向の先行きに不安を募らせる市場関係者を宥めようとする中国当局の思惑も透けて見えました。
引き続き「迷走」する中国経済の現在地と行き先
中国経済に目を向けると、今年に入ってから本連載でも繰り返し指摘してきたように、「依然迷走している」というのが現状であるように見受けられます。統計からみても、私が実際に中国各地をフィールドワークする中で抱いた実感としても、それが実態だというのが私の考えです。
中国国家統計局が11月15日、10月の主要経済統計結果を発表しました。以下、最近のデータと比較しながら整理してみます。
| 10月 | 9月 | 8月 | 7月 | 6月 | |
| 工業生産 | 5.3% | 5.4% | 4.5% | 5.1% | 5.3% |
| 小売売上 | 4.8% | 3.2% | 2.1% | 2.7% | 2.0% |
| 固定資産投資 | 3.4% (1~10月) |
3.4% (1~9月) |
3.4% (1~8月) |
3.6% (1~7月) |
3.9% (1~6月) |
| 不動産開発投資 | ▲10.3% (1~10月) |
▲10.1% (1~9月) |
▲10.2% (1~8月) |
▲10.2% (1~7月) |
▲10.1% (1~6月) |
| 貿易 (輸出/輸入) |
4.6% (11.2%/ ▲3.7%) |
0.7% (1.6%/ ▲0.5%) |
4.8% (8.4%/ 0%) |
6.5% (6.5%/ 6.6%) |
5.8% (10.7%/ ▲0.6%) |
| 失業率 (調査ベース、農村部除く) |
5.0% | 5.1% | 5.3% | 5.2% | 5.0% |
| 16~24歳失業率 (大学生除く) |
17.1% | 17.6% | 18.8% | 17.1% | 13.2% |
| CPI (消費者物価指数) |
0.3% | 0.4% | 0.6% | 0.5% | 0.2% |
| PPI (卸売物価指数) |
▲2.9% | ▲2.8% | ▲1.8% | ▲0.8% | ▲0.5% |
| 中国国家統計局の発表を基に楽天証券経済研究所作成。前年同月(期)比。▲はマイナス | |||||
10月の数値をそれ以前と比較すると、中国経済を巡る景気動向は全体的に見て回復しているとは言えない状況が続いているのが見て取れます。
小売売上に見られる個人消費は回復傾向にあるものの、それ以外の数値は依然としてぱっとしません。前月の9月と比べても、工業生産、不動産開発投資は伸び率が鈍化、固定資産投資は横ばい、失業率は下がっては来ているものの、改善基調にあるとはいえません。CPI(消費者物価指数)、PPI(卸売物価指数)の数値にも表れているように、デフレスパイラルという悪循環からも抜け出せたとは言えない状況が続いています。
「トランプ関税」で中国経済は打撃を受けるのか?2025年の成長目標は?
米大統領選挙が熱を帯びてきた今年の下半期くらいから、私が日頃意見交換をしている中国政府や市場関係者の間で、「仮にトランプ氏が公言通り、中国の全ての商品に60%の追加課税を課してきた場合、中国経済はどれくらいの打撃を受けるのか?」という議論が活発になってきています。
関税という意味でいうと、最も直接的に影響を受けるのは貿易ですが、上で整理した図表にある貿易の項目を見てみると、直近の10月、輸出入全体では前年同月比4.6%増と伸び率は前月の0.7%から大幅に上昇していますが、中身を見ると、輸出が11.2%増えた一方、輸入は3.7%減っています。輸出がこれだけ増えた背景には、全ての中国製品へ60%の追加課税を課すと言っているトランプ氏の米大統領選勝利を見据え、「駆け込み」的に伸びたという要素が作用しているように思われます。
冒頭で示したように、トランプ氏は「次期大統領」という立場で10%追加課税すると明言しており、今後この割合が段階的に増えていく可能性も十分にあるでしょう。その意味で、「トランプリスク」への備えという観点から、11~12月、そして1月の中国の対外輸出がどのように推移していくかにも注目すべきでしょう。
参考までに、米商務省の統計によれば、2023年の米中貿易総額は5,750億ドルで過去最高を記録した2022年の6,906億ドルと比べて16.7%減っています。内訳を見ると、米国から中国への輸出が1,478億ドル(4%減)、中国から米国への輸出が4,272億ドル(20.3%減)ということで、米国の対中赤字は2,800億ドル程度あるという状況です。
トランプ陣営の中には、この対中赤字がなくなるまで関税を課し続けるという声も聞こえてきます。一方の中国経済ですが、上記の貿易統計からも見て取れるように、「輸出頼み」的な様相を呈しつつ、輸入は予想以上の落ち込みとなり、今年に入ってから中国政府も繰り返し警告を鳴らしている「内需不足」という構造的問題を再度露呈した形となっています。
中国政府は2024年の経済成長率目標を5.0%前後に掲げていますが、1~9月のGDP(国内総生産)実質成長率は前年同期比4.8%増でした。10-12月期の状況次第で目標達成いかんが決まって来るのでしょうが、本稿で議論してきた「トランプリスク」が2025年の中国経済にどう影響してくるのか。それを見込んで、中国政府がどのような目標設定をするのかにも注目していきたいと思います。







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