これまでのあらすじ

 信一郎と理香は小学生と0歳児の子どもを持つ夫婦。第二子の長女誕生と、長男の中学進学問題で、教育費の負担が気になり始め、毎週金曜夜にマネー会議をすることになった二人。今のペースで投資を続ければ老後はなんとかなる、と安心した二人に「住宅購入問題」が持ち上がる…。

住宅、いつが買い時?

「先輩、ランチ行きませんか?」

 2日間、有休をとっていた理香の後輩、涼子に声を掛けられ理香はにっこりとうなずいて立ち上がった。

「ちょうどよかった。私も仕事が一区切りついたところよ。行こう行こう」

「いつものカフェのパスタセット、今日はボロネーゼですよ」

「いいわね。あそこ、デザートがおいしいんだよね」

 二人は肩を並べて会社を出る。徒歩2分ほどで到着したが、昼時ともあって10分程度、席があくまで待つことになった。やっと席に座れた理香は、涼子の少し疲れた顔を見た。

「有休、どこかに行ってたの?」

 理香が問いかける。家族で温泉でも行ったのだろうか?と思っていたのだが、それにしては疲れが色濃く残っている表情が心配だ。

「実は引っ越ししたんです。全然休めなくて、今日も体ボロボロですよ」

 涼子はため息をついて肩をこきっと鳴らした。

「先輩に聞きたいことがあって。B駅近くに引っ越したんですけど、先輩の家ってあのへんですよね?」

 理香はうなずいた。B駅は理香と同じ沿線の4駅隣、特急が止まる駅だ。

「B駅に引っ越したの? プチご近所だね」

「ええ。あのへんって治安も悪くないし、2沿線連結してて通勤も便利でしょう。あの沿線で、前から不動産屋に依頼を出して狙ってたんだけど、空き物件が出たって連絡もらって、えいって頭金払って引っ越しちゃいました。引っ越しそのものも大変だったけど、保育園の変更が大変で…」

「え? え? ちょっと待って?」

 理香はびっくりして涼子の言葉を遮る。

「てことは、家、買ったの?」

「はい」

 涼子は真剣な顔でうなずく。

「スゴイ…。よく思い切りがついたわね。うちなんてまだ買うか買わないか自体を議論中なのに…」

「ところで、なんで「今」なの?」

 理香の問いかけに、涼子はつるりとパスタを飲み込んで言った。

「今、うちの子は年中さんなんですけど、小学校に上がるまでに引っ越さないと、いざ入学となったときに周りに知ったお友達がいないのってすごいアウェイ感あるでしょう? できるだけ早くに引っ越して、新しいコミュニティになじませておいたほうがいいかなって」

 健のときも、保育園の大半が同じ小学校に上がって、最初から友達がいたのはとても大きかった。理香が参加しているママコミュニティも引き継ぐことができ、小学校生活がスムーズにスタートできたことを思い出し、なるほど、と理香はうなずいた。

「先のことまで考えてて偉いわ」

「私が親の都合で転校ばっかりしてたので、子供にはそういう思いをさせたくないなって思ってたんですよ。ところで、沿線の治安自体は悪くないのは確かめてあるんですが、小学校事情ってどうなのかが気になってて…」

 涼子は真剣な顔で理香を覗き込む。

「先輩のとこの健君は公立小学校でしょう? 学校、どんな感じですか?」

「公立でも、今のところは特に大きな困りごとはないわ。保育園が同じで、私立小学校に進んだ子のママと今もつながってるけど、私立は勉強がほんとに大変みたいよ。行事も親の出番が多いんだって。小学校は公立のほうが気楽かな」

「中学はどうする予定なんですか?」

「それよ」

 理香は大きくうなずいた。手を挙げて店員にデザートを促してから、食べ終えた皿をテーブルの端に寄せる。

「うちは健が中学受験したいって言いだしてて、そのタイミングに合うように住宅購入と引っ越しを検討中なの」

「わ~。健君、偉~い! でも、受験と住宅購入、一気に来たら、お金が大変じゃないですか?」

「…!」

 思ってもみなかったことを言われ、理香は絶句した。

「うち、それもあって早めに引っ越そうって話になったんです。B駅なら2沿線使えるから、A大学付属、B学院、C学園、D大学中等部あたりが普通に通える圏内でしょ。でもどこも、学費がさすがにご立派で…。住宅の頭金を今出して、年長+小学校6年間の、7年間で、中学の学費を貯められるよう頑張ろうって話になったんです」

「…偉すぎる…」

 理香はため息交じりに涼子を見た。仕事上も進行管理が得意で、納品までのカウントダウンを適確にリマインドしてくれるため、頼りにしている後輩だが、プライベートも非常に有能だ。見習いたい。

「引っ越した後って、その周辺の土地カンが頭に入るまでに少し時間かかるでしょう? 先輩も家を買ったり引っ越したりするなら、健君の合格のタイミングを待たずにある程度めどをつけて、どう転んでもなんとかなるエリアに買っちゃったほうがいいかもしれませんよ」

「そ、そうね」

 楽しみにしていたデザートの味も分からなくなってきた。理香はにわかに焦りだし、スマホを取り出した。

「備忘録。夫にメッセージ送っとく。今日は臨時会議だわ」

「せっかくご近所になったんだから、今度いっしょに子供連れでご飯行きましょうよ」

「いいわね。美咲のお友達になってくれそう」

 理香と涼子はにこりとほほ笑みあい、伝票を手に立ち上がった。

住宅購入の「出口戦略」を考える!<6-2>夫婦、住宅購入を考える