円高への反転はなかなか難しそう

 節目の140円をあっさり突破したドル/円は、FRB(米連邦準備制度理事会)高官からのタカ派発言もあり145円近辺まで一気に上昇しましたが、さすがに6日、7日の2日間で5円の値幅はスピードが速く、短期的に過熱感もあったからか、8日の三者会合(財務省・金融庁・日本銀行)後の神田真人財務官発言や9日の岸田文雄首相と会談後の黒田東彦日銀総裁の発言を受けて、ドル/円は141円台半ばまで下落しました。

 神田財務官は協議後、記者団に対して「最近の円安進行は明らかに過度な変動であり、政府・日銀は極めて憂慮している。あらゆる措置を排除せず、為替市場において必要な対応を取る準備がある」と円安をけん制しました。

 黒田日銀総裁は、「一日に為替が2円も3円も動くというのは急激な変化だ。急激な変動は企業の経営方針を不安定にし、将来の不確実性を高めてしまうという意味で好ましくない。為替市場の動向は十分、今後とも注視して参りたい」と、これまでの発言の中では最も強くけん制したことが効いたようです。ドル/円は144円台からあっという間に3円弱下落しました。

 黒田総裁の「一日に2、3円動くのは急激な変化」という発言が効いたようですが、145円近辺で発言したことから、2015年6月の125円の黒田ラインが想起されたかもしれません。

 当時、125円前後に円安が進んだ時に、「ここからさらに円安に振れることは、普通に考えるとなかなかありそうにない」とのけん制発言をきっかけに円高に反転しました。

 そのこととダブったかもしれませんが、今回は円安の背景が、米国の利上げ姿勢に対する日本の緩和継続という構図がはっきりしているだけに反転ということはなかなか難しそうです。

為替介入は困難な状況

 また、神田財務官の「あらゆる措置を排除せず、為替市場において必要な対応を取る準備がある」との発言から為替介入の期待も浮上してきていますが、介入には相手国通貨と協議の上、相手国が同意することが前提となります。

 しかし、米国財務省は6月の「外国為替報告書」ですでに日本に対してけん制しています。報告書では最近の急速な円安を巡って、「為替介入は事前に適切な協議をした上で、極めて例外的な状況」のみに認められると表明しています。

 つまり、日本の財務省が円安進行を阻止するために「適切な対応」としてドル売り・円買いの為替介入に踏み切ろうとしても、米国財務省が「極めて例外的な状況」だと認めてくれない限り、介入への理解は得られないということになります。

 インフレ対策最優先の米国が介入によるドル安によって物価高につながりかねない、国益に反する政策を認めるとは思えません。やはり、介入よりも日銀の金融政策正常化に踏み切ることが優先事項と思われます。

 従って、実際の為替介入実施は難しく、口先介入だけが続く状況が予想されます。しかし、口先介入だけでは今の円安の流れを止めることはできず、せいぜい、再び145円に近づくにつれてけん制発言の警戒感が高まり、円安のスピードが緩やかになる程度だろうと思われます。

 今後はけん制発言の頻度も多くなり、強まることが予想され、そのたびに一時的に円高に振れることには留意する必要がありそうです。

 ちなみに、最近の円買い・ドル売り介入は、アジア通貨危機を背景とした1998年4~6月の円安局面の時となります。1998年4月に133円程度まで円安が進んだ時に、6月までに3兆円規模の円買い・ドル売り介入を実施しましたが、円安は止められず、8月には147円台まで円安が進みました。

 経験上、介入は一時的に円高や円安のスピード調整はできても、反転させることはほぼ難しいと思われます。世界中の投機資金が円に集中した場合、日本一国で太刀打ちすることはほぼ不可能です。協調介入も一時的なアナウンスメント効果はあっても状況は同じです。

予想より強いCPIもFOMC待ち

 13日の米国8月CPI(消費者物価指数)は前年比が+8.3%と前月+8.5%から鈍化しましたが予想を上回りました。コア指数(除くエネルギー・食品)も予想を上回り、+6.3%と前月+5.9%から伸びが拡大しました。

 ドル/円はCPIの低下予想から、発表直前に142円台から141円台後半に下落しましたが、発表後はコアも含めて予想を上回ったため、米長期金利の急伸とともにドル/円は144円台後半まで、約3円の急騰となりました。しかし、その後は米長期金利も落ち着き、ドル/円も上昇一服となり、144円を挟んだ動きとなりました。

 CPIは前月から低下しましたが、8%台の高水準であることから、9月20~21日のFOMC(米連邦公開市場委員会)で0.75%利上げの見方は変わらないようです。CPI直後は1%利上げの見方も浮上してきています。

 ただ、CPI発表後、株の急落や長期金利の上昇と比べると145円を超えなかったのは、FOMCで9月以降から来年にかけての利上げペースを見極めたいということかもしれません。

 景気悪化を先取りし、原油はウクライナ侵攻前の水準まで下落しました。エネルギー供給不安や天然ガス高騰を抱える欧州の景気悪化懸念、迷走する中国経済を背景に2023年のFOMCの金利見通しがどのようになるのかを見極めるまでは、次の一手に動けないということかもしれません。

 原油や資源が低下し、欧州や中国の景気悪化が米国にも影響してくれば、米国の物価の低下傾向も鮮明になることも予想されるため、2023年の金利見通しはふたを開けると見方が分かれていたというシナリオも想定しておいた方がよい可能性があります。

(参考)6月のFOMC金利見通し
2022年末の予想中央値 3.375%、
2023年末の予想中央値 3.750%
現在の政策金利、FF金利の上限 2.50%。9月に0.75%の利上げとなれば、3.25%となる。9月以降のFOMCは11月と12月の2回開催

 中国の経済回復の期待が高まっていますが、10月16日の中国共産党大会までは中国のゼロコロナ政策を変更することは期待できず、その後も社会安定を最優先としてゼロコロナ政策が続くことも予想されます。迷走する中国経済は年内劇的に回復するのは難しいかもしれません。