超ゴージャスな運用本

 読書好きの投資家の皆様に、今般翻訳が出版された、アンソニー・ロビンズの書籍をおすすめしたい。原著「MONEY: MASTER THE GAME」は大部の書籍だが、翻訳は、「世界のエリート投資家は何を考えているのか」、「世界のエリート投資家は何を見て動くのか」の上下2分冊に分けて出版(共に、アンソニー・ロビンズ著、鈴木雅子訳、山崎元解説。三笠書房より)。筆者は、縁あって、上下2分冊両方に解説を書く機会を得た(それぞれ20ページ近く書かせていただいた)。

 青い表紙の第1分冊「世界のエリート投資家は何を考えているのか」では、主に具体的な投資ノウハウの背景となる考え方と個人投資家向けの資産運用の方法が語られている。そして本書の「目玉!」は、世界最大級のヘッジファンド運用会社ブリッジ・ウォーター社を経営し、巨額の資金しか相手にしないレイ・ダリオから、著者が、個人向けのポートフォリオのアセット・アロケーションを具体的に聞き出しているところだ。この部分は、一般投資家だけでなく、プロの投資家も知りたいと思うのではないか。

 赤い表紙の第2分冊「世界のエリート投資家は何を見て動くのか」は、著者アンソニー・ロビンズが「投資界の大物達」に対して行ったインタビューが中心となっている。主なインタビュー相手の名前だけをいくつか挙げると、カール・アイカーン、デイビッド・スウェンセン、ジョン・C・ボーグル、ウォーレン・バフェット、ボール・チューダー・ジョーンズ、レイ・ダリオ、T・ブーン・ピケンズ、チャールズ・シュワブ、ジョン・テンプルトンなどだ。

 近年、他に例を見ない豪華なラインナップだが、エネルギッシュなインタビュアーである著者は、彼らに「自分が築いた資産を子孫には譲れないが、『投資原則』だけは教えることができるとしたら、何を伝えるか?」をきいている。とってもよく練られたいい質問だと思う。そして、大物達の答えは、それぞれに興味深い。

 第1分冊(青本)、第2分冊(赤本)共に、まとまった内容を持っているので1冊でも読めるのだが、一方を読むと他方が読みたくなる構造になっている。購入は、2冊同時の「大人買い」をおすすめする。

 

「コーチ」に運用本が書けるのか?

 全米で有名だとはいえ、「コーチ」に役に立つ運用本が書けるのか? 読者は、その点が心配だろうし、翻訳の解説依頼を受けたときの筆者も大いに心配だった。
しかし、著者は言う。「私は、ポジティブ・シンキングのコーチではなく、逆に『何事も準備を怠るな』ということを教えるコーチだ」。

 職業柄語り口がエネルギッシュなので、ときに少々暑苦しく感じることはあるのだが、本文を読み進めてみると、内容は極めて真面目で、よくあるお金に関する通念と異なっていても、あるいは、運用ビジネスにとって不都合な内容であっても、著者が正しいと思ったことは、率直に、しつこいまでに丁寧に書かれている。

 おそらく、インタビューの相手の誰かが著者に対して極めて優れた「コーチ」だったのだろうが(おそらく、ジョン・C・ボーグルではないかと、筆者は推測する)、とても運用の素人が書いた本とは思えない。

 なんと言っても、運用商品における手数料の悪影響の大きさについて、これでもかというくらいに具体例を挙げて力説している。

 また、ターゲット・イヤー・ファンド、あるいはライフサイクル・ファンドなどとも呼ばれるTDF(ターゲット・デート・ファンド)がダメな商品であることを指摘し、本書で提示されたポートフォリオを自分で持つほうがいいと言い切るのは、本質的に優れたアドバイスだ。そして、年金保険が「ひどい投資だ」というような意見も、今日の日本の個人投資家には知って欲しい内容だ。

 さらに、通俗的な運用本では、好都合な時期の過去の例を挙げて、ドルコスト平均法はすばらしいと持ち上げるのが通例だが、本書では、投資家が、まとまったお金を持っているなら、適正額を一括で投資する方が良いと正しく説明しているのにも感心した。

 筆者は、著者の言うことすべてに賛成する訳ではないが、この本(上下2分冊を合わせて)には、運用本として正しい筋が一本通っていると感じるし、少なくとも、投資家が投資について深く考えてみるに足る素材がたっぷり詰まっている。

 たとえば、解説文で筆者なりの理解を書いてみたが、同じ「マーケット」を相手にした場合、ウォーレン・バフェットとレイ・ダリオのアプローチはどの点が考え方として異なり、どの点が共通なのだろうか。たとえば、金(GOLD)に対する両者の考え方と行動は真逆であるが、これをどう理解したらいいのか。

 投資家にとって「考え甲斐のある問い」が本書には、随所にある。

 

「大投資家」系運用本の読み方・活かし方

 主に米国にだが、成功した運用者に対してインタビューをしたり、あるいは伝記的な説明と運用手法(最大限の運用パフォーマンス…)の紹介を複数名並べた運用本がときどき出版される。もちろん、ウォーレン・バフェット氏やピーター・リンチ氏、ジョン・ネフ氏のような成功した運用者を単独で取りあげる書籍もある。

 多くの人が認める彼らのような「成功した運用者」が、日本の運用業界においてはめぼしい人がいないのは、残念なことである。なんと言っても、ホームマーケットである日本の株式が長年冴えなかったし、運用会社の多くが大手金融機関の子会社で、サラリーマン的チーム運用を好んで、「スター運用者」を作りたがらない企業風土も悪く影響したのだろう。

 さて、今回ご紹介したアンソニー・ロビンズの本(上下2分冊)もそうなのだが、主として外国で出版される成功した運用者を紹介した本を読む場合は3つのコツがある。

 第1のコツは、読書の楽しみ方の王道でもあるのだが、読者自身が成功者本人の気持ちになりきってみて、彼らのマインドセット(思考法と感じ方のセット)を、実感として理解してみようとすることだ。「このような投資法を正しいと自信を持って思う自分」をできるだけ実感をともなって想像してみることは、本で紹介されている投資家の運用の哲学・手法を深く理解する上で役に立つ。

 第2のコツは、「この考え方を、日本株式のポートフォリオにしてみると、どのようなポートフォリオで、それはどのように動くのか?」と自分に身近な資産の例で、紹介されている運用手法を具体化して想像することだ。具体的なポートフォリオが頭に浮かばないとすると、あなたは、そこで説明されている運用哲学や運用手法の内容を十分には理解していないと考えるべきだ。

 そして、第3のコツは、紹介されている運用手法の「穴(アナ)=弱点!」を探してみることだ。絶対にと言い切る自信はないが、おそらく、すべての運用手法には「こうなるとマズイ!」という弱点がある。筆者が言うのはおこがましいが、ウォーレン・バフェットの手法にも、レイ・ダリオの手法にも、弱点がある。特有の弱点をみつけた時に、あなたは、その方法をより深く理解したと言えるだろう。

 もちろん、その上で、「方法」をどう応用するかは、個々の投資家の自己責任であり、楽しみでもある。

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