2023年6月にセゾン投信を退任した「つみたて王子」こと中野晴啓さんが、新たな運用会社・なかのアセットマネジメントを立ち上げ、4月に新ファンド2本の運用をスタートさせる。2024年1月の新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)開始以降、日本では資産形成の流れができ始めているが、今の世間のスタンダードは「インデックス型の投資信託による積立投資」だ。

 一方、なかのアセットはアクティブ型の投資信託で行く。長年地道に全国を行脚し、長期投資の普及をライフワークにしてきた中野さんの功績は大きいが、ここにきて時代に逆行しているようにも見える。10の質問で、その真意を聞いた。

【Q1】なぜ新会社を立ち上げたのか?

【A】長期資産運用の「支え」になるため

――2023年6月末にセゾン投信を退任後、わずか2カ月で新会社のなかのアセットマネジメントを立ち上げられました。理由を教えてください。

中野 退任の公表以降、多くのこれまでのお客さまや金融機関、経済界の方々から「もう1回やってほしい」「待っている」というメッセージをいただきました。人間、生きてきて社会から必要とされるというのは本当に幸せなことです。

 では、必要とされていたのは、何か。今、資産運用にまつわる業界に欠けているものは、生活者(お客さま)と金融機関の信頼関係だと考えています。「そんなものが、いるのか?」と思われるかもしれません。むしろ、そういった関係性は邪魔だと。でも、資産運用が当たり前になっていく今だからこそ、必要だというのが私の考えです。

 何年か投資を経験した方は分かると思いますが、「長期で資産運用」するというのは、決して簡単なことではありません。マーケットが好調で資産が増えていく時はいいですが、マーケットには絶対に悪い時があります。急落、低迷し、資産がマイナスになると、辛く、苦しい。そんなとき、その苦しみに共感し、支えとなる人がいれば、冬の時代を何とか耐え抜けます。

 私がこれまでやってきたことは、そういった支えの役割。いっしょに、長く資産運用をがんばっていこう、という信頼関係です。その仕事を多くの人たちが必要だと言ってくれた。その気持ちに応えるために、また一からやるべきことをやっていこう、と決意しました。

【Q2】運用会社を立ち上げる苦労とは?

【A】頭を下げ、資金を集めるところからスタートした

――新たに運用会社をつくるというのは、並大抵のことではないはずです。例えば資金面でも、普通の会社を立ち上げるのとはわけが違うと思いますが、立ち上げまでの経緯などをお聞かせください。

中野 お客さまにたくさんのお金を預けていただいてそれを投資信託で運用し、還元していくには巨大な「装置」が必要です。それに、リーマン・ショック時のような相場の急変に耐えられる体力も求められますから、巨額の資金を準備しなければなりません。新しい投信運用会社が増えないのは、それだけ参入障壁が高いからです。

 一般の消費者に向けた投資信託は「公募投資信託」と呼ばれますが、通常、多くの運用会社は機関投資家とのビジネスをベースに会社を運営しています。理由は、企業として利益を追求するには、そうしないともうからないからです。

 そのため、私が「新会社では公募投資信託をつくる」と言ったら、いろんな人から「やめなよ、苦労するよ」と言われました。それでも、機関投資家向けにビジネスをするのでは、わざわざ新会社を立ち上げた目的からそれてしまいます。

 私はあくまで公共性のある仕事をしていきたかったですし、せっかくリスタートを切ったわけですから、理想のガバナンス体制を敷いて、独立性を担保しながら、これまで日本になかった運用会社にしていきたい。セゾン投信は運用会社ですが、親会社の販売方針意向を押し付けられて正直大変でした。もう、クビにはなりたくないですし(笑)

 ありがたかったのは、立ち上げを決めてすぐに私たちの志に賛同する方々が声をかけてくださったこと。出資者、つまり株主として立っていただくわけですが、その議決権の50%を私にくださいました。結果として、約11億円の資金を寄せていただき、なんとかスタートまでこぎつけることができました。

【Q3】セゾン投信と何が違う?

【A】理念は変わらないが、アクティブ運用を手掛けていく

――中野さんはセゾン投信を立ち上げられて、資産規模を大きく成長させられたわけですが、新たな会社と前の会社とではどんなところが変わってくるのでしょうか?

中野 「長期的な資産形成は消費者に資する」という考えは変わりません。ただ、私が17年前にセゾン投信を立ち上げた時と今とでは、日本の資産形成のステージも経済やマーケットの環境も変わりました。

 まだほとんどの人が投資信託、あるいは資産運用というものをよく知らなかった17年前には、「分かりやすさ」や「効率性」といった要素が必要でした。「投資は怖い、難しい、嫌い」という状態です。だから、「国際分散投資」というキーワードとともに、バランス型やインデックスをベースにした商品を提供していきました。

 ただ、ここにきて、大きく世の中は変わりました。今の日本の資産づくりにおいて、欠けているもの、必要なもの、それが一体何なのかと改めて考えた時、たどりついたのが「本格的なアクティブ運用ができるプロフェッショナル集団」としての新会社であり、商品だったというわけです。

【Q4】なぜアクティブ型投信なのか?

【A】インフレ時代は優位性がつくれるから

――今は投資信託といえばインデックス型が当たり前という時代で、アクティブ型は悪者扱いすらされます。そんな中、アクティブ型でスタートを切るとのことですが、パフォーマンス面でインデックス型、市場平均を超える勝算はあるのでしょうか?

中野 時代に逆行しているように見えるかもしれませんが、私たちは「インデックス運用の一歩先の未来に、新しいアクティブ運用がある」と考えています。

 今は世界、とりわけ日本の社会・経済は大きな転換点に差し掛かっています。デフレからインフレへと切り替わり、NISAの拡充で消費者の資産づくりに対するマインドも変わってきた。そんな中で、インデックス型の投資信託での積立投資が一種のスタンダードになっています。

 この先、ますます環境が変わっていったとしても、インデックス型の投資信託での運用は一定の成果を上げ続けるでしょう。ですから、インデックス型を否定するつもりはまったくありません。

 他方で、世界的なインフレはこれからも続くと考えています。となると、そのような環境下だからこそ躍進し、持続的に成長する企業が必ず出てきます。であれば、そうした企業の株に投資し、世界や日本の株式市場が活性化する時に超過リターンが得られる、王道のアクティブ型投資信託に優位性が出てくる、というのが私たちのシナリオです。

 もちろん、現状を見れば、アクティブ型はインデックス型よりも値動きが激しく、パフォーマンスがインデックスを下回っている商品も多いので、玉石混交です。マーケットが悪い時の落ち込みが大きくなるものも少なくありません。とはいえ、マーケットが悪くなる時は、インデックスも悪くなります。ここに、私たちの存在意義が出てきます。

 まとめると、顧客と相互信頼がある運用会社が、これからの経済環境に即したアクティブで運用し、良いときも悪いときも含めてコミュニケーションをとって、長期投資を支援するという枠組みです。ここには、新しい価値があり、先導するのが、私たちです。

【Q5】アクティブ投資だと「草食投資」から「肉食投資」に?

【A】企業に長期投資をして、その果実をみんなで分け合う。草食投資です

――「草食投資」というキーワードで長期投資の普及をされていましたが、アクティブ投資になると、「肉食投資」になるんでしょうか?

中野 いやいや、「インデックス=草食」、「アクティブ=肉食」というのは全く違います。「草食投資」という言葉は、まだ根付いていなかった長期積立投資の考え方を分かりやすく伝えるためのもの。なぜ「草食」かというと、株は短期で売買するなら誰かが勝って誰かが損をする「ゼロサムゲーム」ですよね。

 ということは、自分が生き残るために食べる「肉食」の投資と言えます。これに対し、長期投資は時間をかけてじっくりと上がった価値を、みんなで享受することができる。お互いを食い合わないという意味で、草食という言葉を使ったわけです。

 つまり、じっくり企業、資本市場にお金を投じて、その分け前をみんなでもらうという意味で、「草食投資」の考え方は変わりませんよ。

【Q6】直販ではなくネット証券で販売する理由は?

【A】直販にこだわりすぎるとサービスの低下が懸念されるから

――セゾン投信時代には、特定の販売会社の影響を受けない直販スタイルにこだわり、投資家との対話を重視されてきた中野さんですが、なかのアセットマネジメントでは一転して、ネット証券で販売されます。この意図をお聞かせください。

中野 私たちは個人投資家の方とのコミュニケーションを重視しているので、ぜひとも直販でやりたい、という気持ちはもちろんありました。ただ、時代の変化とともに直販という事業モデルが成立しづらくなっており、そこにこだわりすぎるとサービスの質が低下するリスクがあったことから、別の選択肢を模索しました。

 対面の金融機関ではなくネット証券での販売を選択したのは、商品を売りたい販売会社からの圧力が働かず、私たちの商品を必要としている人がアクセスしやすいインフラだと考えたからです。直販ではなくなっても、今後もまた別の形でのコミュニケーションを重視しながら、投資家のみなさんに寄り添うパートナーでありたいと考えています。

【Q7】長期の積立投資をする人が増えた現状をどう見る?

【A】大成功。ただ、オールカントリー一辺倒には注意点も

――2024年1月に新NISAが始まり、一気に長期投資・資産形成の機運が高まっています。長年、長期投資の啓発に努めてこられた中野さんは、現状をどのようにご覧になっていますか?

中野 NISA制度の設計にあたっては、私も少なからず関わらせていただきました。今は、事前に想定したのとほぼ同じ形になっていますし、長期投資の普及につながったという意味では大成功と言えます。

 ただ、一点懸念しているのは、多くの人が「とにかくオールカントリー(※「全世界株型」のインデックス型投資信託)を買っておけば、必ず値上がりする」と思っているところです。「みんなが大丈夫と言っているから、よく分からないけど買った」という声も増えていますが、商品のことをまったく理解せずに買うのは考え物です。

 言うまでもなく、必ずもうかる投資信託なんてありませんし、マーケットの状況もいつかは変わります。今後、持っている投資信託の価格が大幅に値下がりする局面も訪れるでしょう。そんなとき、深く考えずに投資していると、値下がりに驚いて投資をやめてしまう人がたくさん出てくるはずです。

 そのような形で長期投資に頓挫してしまうことがないよう、あらかじめ商品性やリスクについて知っておいてもらいたいですね。

【Q8】個人投資家が日本株にあまり注目していないが・・・?

【A】今後も上昇余地があるので、目を向けてほしい

――2024年は日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を突破し、この先にはさらなる上昇を見込む声も出ています。外国人投資家がますます旺盛に日本株を売買する半面で、日本の個人投資家は日本株より米国株に注目する傾向が見られていますね。

中野 せっかく盛り上がっているのに残念です。NISAでの投資も、ほとんどがS&P500種指数やオールカントリーを始めとする海外資産のみに回ってしまって、日本株に日本人のお金が回っていない状態です。長いデフレを脱してインフレ時代に突入し、今後しばらくはインフレが続くでしょう。

 すなわち、株価が自然に上がりやすい環境が整いつつあるわけですから、調整を挟みつつも長期で日本株は上昇する可能性が高いと考えています。

 海外に目を向けて、分散投資をすることは非常に有用ですし、大切なことですが、個人投資家のみなさんにはぜひ、日本株にも注目していただきたいです。

【Q9】これから日本はどんな国になってほしい?

【A】本当の意味での「資産運用立国」を実現へ

――先のお話にもありましたが、インフレ時代が始まり、株価が新たな水域に突入し、多くの人がNISAを通じて積立投資を始め、日本は大きく変わろうとしています。一方で、GDP(国内総生産)は伸び悩み、記録的円安で競争力の低下への不安も広がっていますが、中野さんはこの先、日本はどうなるのか。あるいはどうなってほしいとお考えなのかお聞かせください。

中野 時代の変化に合わせて産業界が経済構造を作り替え、適正に給与を増額するなどの対応をとることが急務です。日本は「資産運用立国プラン」を掲げており、現預金を投資に回して企業価値を向上させ、その恩恵が家計に還元され、さらなる投資や消費につながるという循環の創設を目指しています。

 マクロの対策が奏功すれば「もっと自分たちの社会をよくしたいから、日本に投資しよう」という発想も生まれやすくなるのではないでしょうか。そうした思いが世間の共通認識になったとき、日本は本当の意味で資産運用立国を実現できると思います。

【Q10】「つみたて王子」、次はどこへ行く?

【A】泥臭く、つみたて王子をやります

――今回のお話を通して、中野さんは本質的にこれまでと変わることなく、長期積立投資の方針を貫かれていく、ということがよく分かりました。ただ、これまで「つみたて王子」と呼ばれ、キラキラしていた印象だったところが、少し雰囲気が変わられた印象です。

中野 そうですね、王子と言っていただくには、いい年になりましたし。昨年の退任から、新会社の立ち上げ、商品の立ち上げというところで、本当に多くの経験をして、苦労も味わいましたし、勉強をさせていただきました。

 キラキラというより、いろんな経験を通じて泥臭いところが出てきたかもしれません。でも、せっかく付けていただいた名前ですし、「一生涯、つみたて王子」で行かせていただこうかと思いますが、これまで以上にどっしりと構えてやっていきたいですね。

<お話を聞いたのは>
なかのアセットマネジメント
代表取締役社長

中野晴啓

 1963年生まれ。明治大学卒業後、セゾングループの金融子会社で、資産運用業務に従事したのち、2006年にセゾン投信を設立。日本に長期積立投資を通じた資産形成を根付かせるべく、全国各地で公演やセミナーを続けた結果、「つみたて王子」の愛称で呼ばれるように。2023年6月にセゾン投信を退任後、同9月、なかのアセットマネジメントを設立。2024年4月、新ファンド2本を設定し、本格的な船出となった。