7月の中国経済主要統計が発表。景気回復は見られず

 中国国家統計局が8月15日、7月の主要経済統計結果を発表しました。4-6月期の数値が、前年同期比6.3%増と市場予想を下回ったGDP(国内総生産)実質成長率を含め、軒並み低迷した結果を受けて、下半期はどうなるかという注目が集まる中での発表でした。

 結果は次の通りです。

  2023年7月 2023年6月 2023年5月 2023年4月
工業生産 3.7% 4.4% 3.5% 5.6%
小売売上高 2.5% 3.1% 12.7% 18.4%
固定資産投資
(1-7月)
3.4%    3.8%(1~6月)  4.0%(1~5月) 4.7%(1~4月)
不動産開発投資
(1-7月)
▲8.5% ▲7.9%(1~6月) ▲7.2%(1~5月) ▲6.2%(1~4月)
調査失業率
(除く農村部)
5.3% 5.2% 5.2% 5.2%
同25~59歳 4.1% 4.1% 4.2%
同16~24歳 21.3% 20.8% 20.4%
消費者物価指数(CPI) ▲0.3% 0.0% 0.2% 0.1%
生産者物価指数(PPI) ▲4.4% ▲5.4% ▲4.6% ▲3.6%
中国国家統計局の発表を基に筆者作成
数字は前年同月(期)比 ▲はマイナス

 このように見ると、工業生産、小売売上高、固定資産投資、不動産開発投資といった主要分野が軒並み下落傾向にあるのが見て取れます。

 また、CPI(消費者物価指数)はついに下落に転じ、中国政府は「中国経済はデフレではない。将来もデフレにはならない」と弁明を続けていますが、潜在成長率が5%以上ある中でのCPIの下落は「異常事態」と言え、バブル崩壊後、長らくデフレスパイラルに苦しんだ日本を彷彿(ほうふつ)とさせる苦境に中国も陥るのではないかという議論に一層拍車がかかるのは間違いないでしょう。

 ※(若年層の失業率:2023年7月)に関しては後述します。

 やはり懸念されるのは不動産市場です。一部関連企業にデフォルト危機が迫るなど、特に「恒大ショック」以降、業界全体が迷走を続けています。直近の関連統計結果を整理してみます。

  2023年1~7月 2023年1~6月
不動産開発投資 ▲8.5% ▲7.9%
不動産販売 ▲6.5% ▲5.3%
新規着工(床面積ベース) ▲24.5% ▲24.3%
不動産開発会社の資金調達額 ▲11.2% ▲9.8%
中国国家統計局の発表を基に筆者作成
数字は前年同期比 ▲はマイナス

 全ての数値がマイナス成長になっている、しかも1~6月に比べて、7月を足すと全ての数値がより一層悪化している不動産市場の現在地が顕著に見て取れます。

 中国政府は、長期的視野に立ち、不動産市場を安定化、健全化、最適化させるためのメカニズムを構築すると掲げていますが、「改革」を実行しながらの「成長」の担保は果たして可能なのか。大規模な景気刺激策は打たないという立場を堅持する中、3年以上続いた「ゼロコロナ」策で疲弊した経済、市場、企業、国民をどう支援、鼓舞していくのか。出口は見えてこないもようです。

中国政府が若年層の失業率発表を「電撃中止」

 8月15日の発表を受けて、最も市場や世論の注目を浴びたのが、「若年層の失業率の発表を一時停止する」という点でしょう。私自身、15日の日本時間11時過ぎ、いつものように中国国家統計局のオフィシャルサイトを見て、7月の主要経済統計結果を確認しようとしましたが、雇用に関する部分が異様に短く、若年層を含め、年齢別の失業率が記載されていないことに気づきました。技術的な問題か、あるいは計算が間に合っていなくて、少ししたらアップされるのかなと思って眺めていました。

 そうこうしているうちに、国家統計局の付凌暉報道官が記者会見の席で「2023年8月以降、全国若年層など年齢別の発表を一時停止する」と電撃的に宣言したのです。

 一時停止に踏み切った「主な理由」として、付報道官は次の点を挙げています。

・経済社会が不断に発展、変化していて、それに伴い、統計という作業も不断に改善し、労働力調査を巡る統計も一層健全化、最適化する必要があるから

・例として、近年、中国都市部における若年層は9,600万人いて、うち在校生が6,500万人以上に上る。在校生の主な任務は学習であり、卒業前に就職活動をしている学生を労働力調査統計の対象とすべきかどうかに関して、社会各方面に異なる意見が存在するから

・国民の教育水準が向上していくに伴い、若年層の学校での学習時間は増加している。労働力調査統計において、若年層の年齢範囲をどう区切るかに関しても一層の研究が必要だから
 

「若年層の失業率」発表が取り止められた三つの理由

 以上3点は、中国政府としての公式の立場、説明であり、現状理解という意味でより重要なのは、これらの公式声明を、我々受け手がどう解釈するかにほかなりません。

 中国政府がなぜ2023年8月というタイミングで、若年層の失業率の公表を一時停止したのか。今後の展開はどうなるのか。私なりにその背景、動機、展望を三つの観点から分析してみました。以下に書き留めます。
 

1.失業率が毎月最高値を更新し、高止まりしている

 一つ目に、直近、若年層の失業率が月を追うごとに史上最高値を更新し、20%以上で高止まりしているという点です。

 私自身、本連載や他メディアなどで頻繁に指摘してきましたが、中国経済の現状を議論する中で、「若年層の失業率」にこれだけ注目が集まり、その数値を受けて、中国経済の良しあしを判断するというアプローチはいまだかつてなかったのではないでしょうか。

 若年層の失業率上昇は、単なる景気動向、経済現象というだけでなく、治安維持、社会不安など、政治リスクにも結びつく現象であり、そういう風に国内外から見られ、語られることは、中国政府にとっては不都合だったということでしょう。

 実際、これは私の推測ですが、仮にその数値が20%以下で推移しているような状況であれば(2022年は通年20%以下で推移。12月は16.7%まで低下)、今回のような一時停止宣言は起こらなかったと見ています。

2.「経済の実態」と「統計の方法」の協調

 二つ目に、経済の実態と統計の方法という両者を協調させていく必要性は確かに見いだせるという点です。

 中国政府は、全体の失業率以外に、16~24歳、25~59歳という二つの年齢別失業率を同時に発表してきました。メディアではあまり言及されていませんが、実際、このたび一時停止になったのは、16~24歳だけでなく、25~59歳も含まれます。

 16~24歳と言えば、中卒、高卒、大卒の若者たちが含まれます。一方、経済成長の必然的帰結として、10年前、20年前と比べて、中卒の数は減り、大卒の数は増えます。また、大卒の中で、大学院に進む学生の数も増えてきました。大学院卒となれば(中国の修士課程は2~3年が一般的)、卒業時点で24歳を超えている学生も多く、彼らは「若年層の失業率」に含まれないことになります。

 また、25~59歳というのは、いわゆる「生産適齢人口」に相当しますが、中国で人口減、少子高齢化が本格的に進む中、この59歳という上限は果たして現実的な設定なのか。比較対象として、日本では生産適齢人口を「16~64歳」、若年層の失業率を、15~19歳、20~24歳、25~29歳の3段階に設定しています。

 このように見てくると、中国自身の経済や社会構造が劇的に変化する中、16~24歳、25~59歳という分け方が適切なのか否かという論点は、確かに研究、検討の余地があるということでしょうし、私自身もそう思います。

3.統計を見直す姿勢を見せつつ、再公表のタイミングを見極めている

 三つ目に、今後「若年層の失業率」がどのタイミングで、どういう内容で再公表されるかについては慎重に見極めていく必要があるという点です。中国政府としては、足元前代未聞に低迷している若年層だけに注目が集まらないように、今回の一時停止を、労働力調査統計を巡る「包括的改革」という観点から、本件を軟着陸させたいのだと思います。

 要するに、若年層だけでなく、生産適齢人口を巡る統計方法についても見直すという姿勢を前面に押し出し、「統計を巡る改革は、中国経済社会の発展の結果である」という文脈で再公表する可能性が高いということです。

 多くの市場・世論関係者には、中国政府による言い訳であり、プロパガンダにすぎないと映るでしょう。そういう側面があるのは私も毛頭否定しません。一方、中国政府が、一時停止した失業率統計を、どのタイミングで、どういう内訳で発表するのかをしっかりと見つめることは、中国経済の実態、中国政府の意図を分析する作業に他なりません。感情的に反応するのではなく、合理的に先行きを見つめるべきです。

 最後に、個人的には、中国の失業率がこれまで、(1)調査ベース、(2)農村部は除く、という限定的だったのが、今後どれだけグローバルスタンダードに近づく、すなわち、(1)全国各地全ての地域を調査する、(2)都市部だけでなく農村部も含む、という具合に「改革」されていくのかに注目しています。

 事はそう簡単ではないのでしょうが。